女の子の服とマンガ本と…

2004年11月09日
東京で感じられる地震はもうほとんどなくなった。しかし現地中越の余震はまだ続いている。同時に報道も続いているが、その内容や対象は日々変わっていく。

先日見たニュースの特集では、カメラが一事帰宅する被災者に同行していた。

  −・−・−・−・−・−

一家族に許される帰宅者はたった一人。体育館に残された家族は、倒壊しかけた我が家に向かう帰宅者にそれぞれ希望の品を頼んで待つ。

その中に一人の女の子がいた。
小学校5,6年の彼女は、代表して帰宅する年寄りに大好きなマンガの本を頼んでいた。彼女にとってはきっと何よりも大事な品物なのかも知れない。

カメラは体育館に戻った年寄りと家族も映していた。
リュックに詰めた品物をひとつずつ家族に渡す年寄り。その中から彼女の大事なマンガ本は出てこなかった。年寄りから渡されるのは家族の寒さを気遣っての衣類ばかり。

女の子は何も言わず黙っていた。不満ひとつ顔にも出さずただただ黙っていた。わがまま一つ、それも家族にさえ言えない状況をしっかりとわかっていたのだろう。

大好きなマンガ本を、彼女にとっては一番大事な品物を家に残したその寂しさと、それをじっと黙って我慢している辛さと、その辛さを顔に出すまいと黙っている彼女をカメラはさりげなく映していた。その顔がちょっと脳裏に貼り付いてはがれない。かすかにがっかりした顔に一生懸命笑みを浮かべる彼女の顔。

  −・−・−・−・−・−

年寄りはたぶん彼女のおじいちゃんだろう。
よくある話ではないか。

おじいちゃんに、
「お土産は何がいい?」と聞かれ、
「ビアードパパのシュークリーム!」
と頼んだのに、おじいちゃんは浅草で雷おこしを買ってきた、…なんて。

ビアードパパを例えにすること自体、私だって小学生の感覚よりおじいちゃんの方がずっと近いのだろう。今どきビアードパパだって日本全国に相当あるらしいし。

  −・−・−・−・−・−

でも、
女の子にもその内わかるだろう…、
 おじいちゃんが服を選んだ気持ちが…。

服や防寒着を持って帰ったおじいちゃんの気持ち。
どんなものより何よりも、家族の服を持って帰ったのがどうしてか。

どうして服が一番大事なのかが…。

家よりも、服よりも、
大事な大事なマンガ本よりも、
もっと大事な物とは何なのか…。
posted at 2004/11/09 18:39 | Comment(2) | TrackBack(0) | 報道批評
この記事へのコメント
私も、地震で「外に避難してください」と言われた時、真っ先に子供たちの靴下と上着を取りに戻りました。
ついでに大人の上着も持てるだけ持ったのですが、子供たちの靴下を優先してしまったので全員分は持ち出せませんでした。

貴重品や食料よりも、衣類を選んだのが正解だったのか、後で疑問に思ったのですが、母だけが「ありがとう」と言ってくれました。

たぶん母が私の立場でも、同じ行動をとるのだと思い、ちょっと落ち込みが解消されました。

Posted by ままよ at 2004年11月10日 00:41
>ままよさん、コンバンワ!
私だったら、慌ててしまいそうです。
取る物も取りもせず、結局何も持たずに逃げそうです。

猫のサスケを連れ出す為に必死で首輪とヒモを探して、いざ逃げ出して落ち着いたら首輪とヒモだけ持っていたなんてことにもなりそうな…気が…。
Posted by 映太郎 at 2004年11月10日 00:56
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