市長と議員と評論家と大根と

2005年11月15日
 TBSニュースで紹介された市長のコメントで笑ってしまった。

<兵庫>あの持ち去られたダイコン戻る
 兵庫県相生市でアスファルトの間から生え人気を呼んでいたダイコンが折られているのが見つかりましたが、今度は、同じものと見られるダイコンが同じ場所に戻されていました。
 こちらが、そのダイコンです。形や大きさから折られたものと同じダイコンと見られ今は、市役所で保管されています。
 相生市では、水をつかってダイコンを育てていきたいとしていますがなかなか難しいようです。
(Yahoo/兵庫ニュース/朝日放送/2005/11/15 12:32)

 大根がもう元には戻らないだろうという話を受けての市長のコメント。

 「葬式しなきゃならないな…」

 まったく…。日本って国は本当に平和だよね。
 


 市長のコメントを揶揄するつもりはない。

 市民の注目を浴びたその一本の大根が、故意か事故かは別としても結果として哀れな姿となり、日々萎びていくことを嘆いているのだから、実際その言葉がどこまでマジなのかは判らぬが、弔ってあげたい気持ちは悪いものではない。

 実際その言葉は温かいウィットとしてだけでもよいのだ。まぁせっかくなら、その立派に育った大根を市民を代表して、市長が食してあげればそれでもよいではないか。



 だが…、やはり…、ふと…、私は思っちまっただよ。日本という国が、いかに平和な国であるかを。

 そういえば昨日放送の「ビートたけしのTVタックル」の中で誰かが叫んでいたっけか。

 議員田嶋陽子女史と、元テレ朝キャスター現政治評論家三宅久之氏が、どこまで放送作家の意図通りなのかも判らぬほど巧妙にケンカをしていた。

 三宅久之「平和ボケしてんだろ!」
 田嶋陽子「平和ボケして何が悪いんだ!」

 平和ボケか否かを議論する人々も、或る意味やっぱ平和ボケしてんじゃなかろうか。

 喧嘩するほど仲がいいって言うが、あの二人番組収録後は一体どんな会話をするんだろうか。聞いてみたい。

 まぁそれはともかく、平和な人と、平和ボケした人と、平和ボケを自覚した人と、平和ボケを自覚していない人。一体誰が誰を責められるのか。私には判断しかねる。

 折れた大根一本に葬式を考える平和な相生市の市長。平和ボケを開き直る女性議員。人はみんな平和ボケだと言わんばかりに他人を平和ボケ呼ばわりする自覚なき平和ボケの政治評論家。そしてそんな平和な話題を記事にしている平和ボケしたブロガー。

 結局みんな、この国が今とても平和だから叫べるのではないか。どこぞの国では、議論余って人が異論者を殺し、片や議論もせずに人が自爆している。

 あらためて。喧嘩するほど仲がいいと人は言うが、口喧嘩できるうちがまだましであろう。



 とはいえ、どちらかと言えばやはり私も彼女のように叫びたい。

 「平和ボケして何が悪い!
  よりによってこのご時世に改憲叫んでる人間の方が、
  裏返しゃよっぽど平和ボケしとるんとちゃうか?」
posted at 2005/11/15 20:13 | Comment(2) | TrackBack(0) | 報道批評
この記事へのコメント
同感です
Posted by 茄子 at 2005年11月15日 20:20
茄子さん、こんにちは!

…ですよねぇ。
まったく、平和なお国ですこと!ってもんです。
Posted by 映太郎 at 2005年11月16日 00:50
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