首相の決断 U

2004年10月27日
超法規的措置

この言葉が聞かれなくなってから、もうどれくらい経つのだろうか?

ハイジャックという卑劣な犯罪に対しその昔政府は、人質の生命には替えられないと苦渋の選択をし、この言葉がその決断の後押しをした。法律を破る者たちの卑劣な要求に屈したとはいえ、人命の尊重を優先順位の第一位に位置づけたその選択に異議を唱えることはできない。

「テロに屈する日本」

…そんなレッテルを恐れているのは充分承知している。
だが、奇妙ではないか。起きてもいない明日のテロによる人質の生命を守るために、現地でたったいま実際に起きているテロの人質の生命を犠牲にするという判断。
なにか、誤魔化されているようだ。

今日の小泉首相の発言では、「復興支援」という派遣の大義名分にも再び触れていた。今回のテロリストにあらためて聞かせるかのように。

「自衛隊派遣は

 復興支援活動」


自衛隊出発時にも思ったのだが、復興支援活動をする自衛隊には全く

武器は必要ない。

今からでも遅くない。派遣隊員の武装を解き、武器を完全撤収することを勧めたい。

武器を携帯する隊員が、いくら「武器を使いません」「復興支援です」と言ったところで、説得力はない。
武器を置いた隊員が、「貴国の復興を手伝いに参りました」と言ってこそはじめて、信頼されるのではないか。

「撃てるものなら

 撃ってみろ」


映画のヒーローは、必ず丸腰を強調するでしょう。

「復興支援」という言葉を丸腰にしてあげればよい。撤退ができないと言うならば、そのくらいはして欲しい。

銃を捨て

 スコップを持て

  自衛隊


そして小泉首相が、丸腰を直接強調すればよいのだ。アルジャジーラの画面で。
posted at 2004/10/27 20:59 | Comment(2) | TrackBack(0) | 報道批評
この記事へのコメント
不勉強ですみません。
自衛隊のイラク派遣自体が超法規的措置だと思ってました。
Posted by ミッキー at 2004年10月27日 22:07
自衛隊海外派遣を実現するために法律いじくってること自体は、超法規的禁じ手ってところでしょうか。
Posted by 映太郎 at 2004年10月27日 22:11
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。