ニット貴公子の不思議な微笑

2005年11月05日
 不思議な方である。

広瀬光治のパーティーニット Let’s knit series 広瀬 光治(著)
ニットデザイナー広瀬光治
貴公子、プリンス、編み物の伝道師…

公式サイト
≪もっとニットずーっとニット≫⇒リンク

 広瀬光治(ひろせみつはる)氏公式サイトのプロフィールには、「…、長身で華やかな品のある容姿から『ニットの貴公子』として人気がプレイク。…。」とある。ふむ、嘘ではないと思った。
 
 伝道師は別として、貴公子、プリンスという言葉はお世辞でなくよく似合う人だと思った。それは見た目ではなく、内に秘めた気品と優しさが、オーラのように漂っているからなのだろう。



 ところで、彼の今までの編み物人生を語った本人の言葉をどこかの番組で聞いたことがある。

 学校の教室でも編み物をしていたとか、会社では皆にセーターだかベストを頼まれせっせと編んであげたとか…。

 私はその話を聞いて、この人は本当によい友人に恵まれた方だと思った。

 男子学生が教室でせっせと編み物をしているなんて光景を思い浮かべると、もしその男の子がクラスメートに恵まれない子だったら、どう考えても冷やかしの対象になったとしか思えない。

 「お前、男のクセに編み物なんてすんなよ!」…とか、
 「あんた、編み物なんかするなんてキモイ!」…なんて。

 友に恵まれず、何でも彼んでも冷やかしの理由にされる子はいくらでもいる。誰かと同じエンピツを持っていたって、冷やかされる子は、「同じエンピツ使ってるんじゃねぇよ!」などと言われるだろう。

 それは実は、“冷やかされる子”の問題ではなく、本当は“冷やかす子”の問題であるはず。よく考えれば、“冷やかされる子”がどこにでもいるのではなく、“冷やかす子”がどこにでもいるということ。だが、彼の周囲の友たちは黙って見守ってくれたらしい。

 学校以前に、家で言われる事もあるだろう。

 「男なんだから、編み物より野球でもしろ!」…とか、
 「編み物なんてどうでもいいから勉強しなさい!」…などと。

 とかく親というもの、親の価値観を押し付け、親が理想とする姿になって欲しいものである。男の子はこうあるべきなどというイメージが親にこびり付いていたら、一言二言は言いたくなるはず。

 だが、彼の両親は黙って見守ってくれたらしい。



 私の場合、母親の編み機に異常な興味を抱いたこともあった。

 今はどこにあるのだろうか、あの編み機。馬鹿でかいソロバンのような横長の機械。右から左へ、左から右へと、ジャージャー音を立て何かを編み上げる編み機。

 母さん、あの編み機どこへ行ったのでせうね。
  Mama〜Do you remember♪

 私が編み機に興味を抱いたのは、機械に興味を抱く男の子の基本的な習性であり、その機械が編み出してくれるものにあまり興味はなかった。だがあの当時、母親が編み機を私に使わせせっせと教えてくれていたら、今頃編み機の貴公子になれたであろうか…。疑問…。



 彼のことをこんな記事にしている私自身も、やはりどこかに偏見があるのだろう。

 だがそんな世間の印象をも、優しく笑って聞き流してしまうように思えてくる彼の温かい表情は、やはり不思議なものである。

 やさしく体を包むニットのような包容力とでもいうべきか。

 だが、ニットってとても暖かそうな見栄えとは裏腹に、実は結構風を通してしまうというではないか。着ている本人は、風の温度を悟られないように、かなり努めて笑っているのだろうか。
posted at 2005/11/05 13:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑題雑想
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