ある遺伝要素と継承者の憂鬱

2005年10月28日
 まぁそれにしても、どうしてこう整理整頓の才がないんだか。

 たまに実家に帰ると、居間の散らかり方はそっくりだから、どう考えても親譲りとしか思えない。片付けられない症候群は遺伝するっちゅうことか。ドイツにはこんな親子の耳がもげそうな格言があるという。

 人生は整理整頓

 ほんと、ドイツに生まれなくてよかった。というか、どこに生まれても本人は大して変わらんのだが…。
 


 片付けベタの自分が一番自覚しているある要素は、物が捨てられないということ。どう考えてももう二度と使わないそうも無い物でも、いつか必要になる時が来るかも知れないとか、捨ててから何かの必要が生じたらどうしようかと言った不安を拭いきれないのだ。

 拭いきれない不安に苛まれ、自身の行動が制約されるというのも、考えてみればある意味強迫観念であるが、考えれば考えるほど問題は複雑になりそうなので忘れることにする。

 かくして、テーブルの上のごとく、PC内のデスクトップやフォルダ内までも、用済みファイルが捨てられずにどんどんたまっていく。いつの頃か、デスクトップのアイコンを非表示にできるのを知り、結局かくしてしまった。

 片付けの苦手な人間は、片付けなくてはならない場所を目にしたくないものなのだ。デスクトップ非表示、まったく便利な機能である。



 ところで、まもなく喜寿という母が最近PCを買ったという。

 「物凄く小さいのよ!」

 そんな説明からすると、どうやらMacの新しい機種らしい。

 「キーボードもケーブルレスなのよ。
 離れたとこからでも操作できるんだって!」

 設置も設定もまだの最新PCを自慢されてしまったが、画面の文字も読めないほど遠く離れたところでキーボードを打つつもりなんだろうか。アフリカ出身の視力3.0なんて人じゃあるまいし。

 購入の知らせから一月ほどたってから使い勝手を聞いたところ、いまだに接続していないという。片付かない実家の茶の間で、最新のMacがもうすでに埋もれているらしい。

 まぁね、ケーブルレスならば、キーボードさえ見つかれば使えるっちゅうことか。モニターが見えればの話だが。

 きっと、遺伝学を勝手に解釈するなら、マックのデスクトップはきっとあっと言う間に散らかるはずである。世の中そんな人間が大勢いるから、♪エプロンにお任せ〜なんてビジネスが成り立つんだろうな。

 人生は整理整頓

 まったく、ドイツの格言はかくも大きなお世話である。
 [人生=整理整頓]で、[整理整頓=下手]な人間は、[人生=下手]な人間てことなのかい。



 再放送のERのワンシーン、黒人牧師がふと呟いた。

 「すべては神の思し召しなのです」

 あのー牧師さん、すべてって一体どの部分のことなんでしょうか。
posted at 2005/10/28 16:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑題雑想
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのTrackBack URL
http://blog.seesaa.jp/tb/8691674
※確認及び承認されたトラックバックのみ表示されます。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。