「五族」よりも俗な「慰族」

2005年10月28日
 ナントカ族と言えば、夜な夜な騒がしいエンジン音を江ノ島辺りに響かせる暴走族がまず浮かぶが、東京は千代田区辺りにも真昼間から徘徊しているんだそうな。

 道路族、郵政族、農水族、厚生族、文教族。

 彼ら、五族と呼ばれているそうな。まぁそんな存在は以前からなんとなくは知っていたが、そんな具合にはっきりと名前までついて縄張りが区分けされていたというのは、恥ずかしながら最近知った。猪瀬直樹氏が散々叫んでくれたおかげである。

 だが何か足りない気がする。本当に“五”族なのか…。
 


 先日、アノお方が東京都千代田区九段北、あの日本一やっかいな“鳥居のある公園”を、小銭持参で突然訪問した。

 どうやらその地、湘南辺りの公園や駐車場に夜な夜な結集し暴走に勤しむ“族”の方々よりよほど俗な“族”が年に一度集合場所に使用しているらしい。

 ご近所さんの迷惑も顧みず、ある意味好き勝手に、だが当の本人達は真剣に何かを求め“暴走”する姿。私には違いが見当たらない。

 上下関係に厳しく、そしてその組織の信条を妄信し、どこかに潜み顔も見せぬ親分の傘下に、本人知ってか知らぬか属していることに満足し幸せそうな顔をしている。

 まさかとは思うが、九段北に結集する構成員も、もしやスーツの裏地に真っ赤な刺繍で“特攻”なんて描かれているのではとも思えてくる。



 その九段北の“鳥居のある公園”、そこに集まる“族”は別としても、そもそもやはり“族”のつく方々が集う地であった。

 大戦の御遺族

 こちらの場合、その名もまさしく御遺族。先の大戦で戦場に散った人々の遺族の方々である。その方々を俗というつもりはないので、やはり“御”遺族と呼ぶ。

 同じ“族”という文字を掲げながら、その立場や目的はどうも似て非なるものに思える。同じ公園に集う人にも、そこに憩いと癒しを求める集まる人と、そこに暴走の始点を求めて集まる人の違いのようでもある。

 人に何かを咎められると、「公園に集まって何が悪いんだよ!」と凄みつつ言い訳しそうなところも似ている。



 “みんなで九段北の鳥居のある公園に出向き、二回頭を下げ二回手を合わせ一回頭を下げ、日本海の向こうに住むご近所の人々を激怒させる会”などといった、ある意味一番やっかいな暴走“族”。

 解体されつつある“族”や、総選挙で一掃されつつある“族”が多い中、五“族”の五にも含まれずに静かに九段北に潜み、大戦の犠牲者とその遺族を慰める為だからと、そこに結集し続ける“慰族”。

 私はどうも不安でならない。

 まったく…。選挙大勝の報道には愕然としたが、まぁ次回の選挙は若干の反動で野党にも反撃のチャンスが…と思っていたら、野党のリーダーを名乗る党のリーダーを名乗る人物、改憲推進派だというではないか。…なんだかなぁ。
posted at 2005/10/28 12:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 報道批評
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