冬ソナ司会者の涙

2004年10月11日
◆PCの打ち込みをしている時はいつもテレビをつけている。番組の内容は普段あまり気にしない。BGN(ノイズ)なのだ。
気が付くと「冬のソナタ・グランドフィナーレ(再)」なるものを放送していた。(2004/10/10/24:50)

冬ソナファンには申し訳ないが、一度も見たことが無いし、今のところ見るつもりは無い。自分の知らないところで、ブームが異常に盛り上がるとなぜか引いてしまう。要するにアマノジャクなのだ。ブームが去って誰も見向きもしなくなった頃、いきなり一人で大騒ぎすることもあるし。

◆番組では「ヒロイン役チェ・ジウの泣くシーンは五十数回だった」なんてエピソードが紹介されていた。その番組中の異変に、ふと私はログ打ちの手を止めてしまった。
男性アナウンサーの声が震え、言葉を詰まらせていたのだ。アナウンサーはファンの手紙を読み上げていた。
「最愛の人を亡くし、それ以来ずっと帰らぬその人を想い続けています。」
NHKのアナウンサー足るものが、その手紙の差出人の気持ちに入ってしまったらしい。
そんな読み手のプロの涙を、カメラはアップで写していた。女性アナが次の手紙を読み始めたとき、彼はポケットからハンカチを取り出していた。
プロ失格じゃないか。

◆かなり以前にも同様なことがフジテレビであった。夕方のニュースの特集映像に生のナレーションを当てていたアナウンサーが声を震わせ挙句の果てに黙ってしまった。
病気で余命わずかな父親が、子供との最後の思い出となるだろう日々を明るく過ごしているといったものだったと思う。楽しそうにはしゃぐ子供と父親の二人の姿が映った途端、彼女の声は裏返りそのあとには沈黙が続いた。
やはりプロ失格だろう。

◆まったく別のプロフェッショナル、葬儀を仕事とする人々の中にも、同様の経験をする人がいるという。先日会った葬儀社の人は言っていた。
「最後の喪主の挨拶を熱心に聞いちゃうと、たまに貰っちゃうんですよ。そうなると、そのあとの締めの言葉がボロボロになっちゃって…」
やはりプロ失格ではないか。

司会が泣いてどうする。喋るのが仕事なのに、喋れなくてどうする。喋るプロフェッショナルじゃないのか?

葬儀を見守る猫◆葬儀社の人の話には続きがある。
司会者がボロボロ泣いても葬儀は終わるもの。すべてを終えた後、ひたすら謝るその社員に遺族はそれはそれは丁寧に礼を言ったそうだ。「あなたにお願いしてよかった。とても満足しています。」と、遺族は繰り返したという。
◆単なる仕事とさらりと割り切り、表情一つ変えず淡々と仕事をこなすプロの司会者と、遺族の気持ちにもらい泣きして、喋れなかったプロ失格の司会者。
どちらが良いとか悪いとか、私には判断できない。

◆ちなみにフジの特集映像を見ていた私は、アナの声が震える前からすでにウルウルしていた。アナの声の異変に気付いた瞬間、一気に貰い泣きしてしまった。

プロ失格…私はそっちの方がいい、人間らしくて
posted at 2004/10/11 04:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 放送批評
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