800年前のハスの花色

2004年09月29日
プロジェクトX
中尊寺金色堂大修理」〜平安の謎に挑む〜
≪岩手県が誇る国宝中尊寺金色堂。800年前、奥州を治めた藤原清衡が、極楽浄土の世界を再現するべく築き上げた金色堂中央の須弥壇の中には、藤原清衡公二代基衡公三代秀衡公が今も眠っている。
昭和38年に始まった解体修理では、国宝を管理する国の完全保存案の要求に対し、寺側は老朽化した部分の処分や部材の交換をあっさりと提案する。それは文化財に対する考え方の根本的な違いによるものだった。≫
NHK総合2004/09/21放送

サイエンスZERO
画像解析で国宝壁画の謎に迫れ!
国宝高松塚古墳には、1300年前に描かれた美しい壁画が、温度と湿度を管理された安定した状態のまま、幾つもの扉の中に完全保存されている。発見から30年、最先端の画像解析技術で肉眼では見えなかった新たな像が明らかにされている。≫
NHK教育2004/09/25放送

続けて放送されたこの二つの番組は、偶然にも東西の日本を代表する二つの国宝の、文化財保存に対する違ったスタンスを見せてくれた。

どちらも間違いとは思えない。しかし私は、金色堂の解体修理を推し進めた、当時の中尊寺の考え方に共感した。ご遺体あっての金色堂なのだ。金色堂は単なる器であり、であり、である。最も大切な三人のご遺体を守る阿弥陀堂を保存しているわけではない。
高松塚だって、本当は墓であり、誰かがそこに眠っているはずなのだ。でも、研究保存の対象は、装飾である壁画が優先されているように思える。

器や形式にこだわる国民性は、なんでも鑑定団のおもちゃ大会参加者のようである。おもちゃの箱が傷んでるかどうかが気になるような方々の考え方。パッケージの保存状態がいいほど、価値は高くなるからだ。かく言う私も、真黒な4枚羽の芝浦電気-電気扇を、「当時の箱付きなんだぞ」と自慢する人間。だから、どちらの考え方も間違いだと言う資格はない。

新聞紙に包まれた大切な思い出の品は、いつしか当時の新聞紙をも、思い出の品と変える。
その新聞紙にあたるものが、須弥壇のご遺体近くからも発見されたという。ご遺体と共に800年間眠っていたハスの種が、1998年開花。以来中尊寺ハスと呼ばれ、毎年夏には当時の花色を教えてくれる。黄ばんでしわだらけの新聞紙の小さな記事が、その頃の出来事を思い起こしてくれるように
posted at 2004/09/29 05:08 | 東京 ☁ | Comment(2) | TrackBack(0) | 放送批評
この記事へのコメント
ハスの花の話、何だかロマンですね。800年前なんて、その頃の見聞を読んだしても、想像しても計り知れないですけど、その花の種が800年前も今もハスの花の種だっていう事は変わりないんですねぇ。
Posted by minan at 2004年09月30日 01:33
そうですね。
考えてみれば、色なんて、当時の文献をいくら研究しても、理解もできなければ、再現もできないのに、800年後に完全再現してくれたのだから…。
ある意味、ものすごいことだと想います。
Posted by 映太郎 at 2004年09月30日 06:31
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