8月22日散りし花なほ薫る

2005年08月22日
 青山霞町辺りにでも逢いに行こうか…。

向田邦子の青春―写真とエッセイで綴る姉の素顔―向田和子著24年前の今日、
1981年8月22日、
向田邦子氏は台湾に散ったという。

 「花ひらき、はな香る、花こぼれ、なほ薫る」

 今は多磨に永遠に眠る彼女の墓碑には、森繁久弥氏が書いたというその言葉が刻まれているという。
 
 墓碑の言葉は、東京紅團というサイトが教えてくれた。

 サイト≪東京紅團≫⇒リンク
 彼女の文献から彼女の足跡を探る。他にも多数の作家たちの足跡を辿り続けているらしい。なにやらどこぞのSNSのようでもあるが…。



 生前から作家としての存在は知っていた。だが正直言ってその死を耳にし愕然としたというほどのファンではなかった。

 だが日が経つにつれ、それも疾うの昔となりつつある今頃、そのこぼれた花の香りが気になり、その死後今だ薫り続ける彼女の言葉を、今努めて追いかけている。

 整理整頓が苦手。やるべきことはいつも決まって後回し。かくして原稿はいつもいつも、夏休み8月31日の宿題よろしくぎりぎりにならないと手を付けない。
 四十路を過ぎても爪を噛み、収集癖を自覚しながらも打ち勝てず、欲しいと思ったら結局は自分を説き伏せ買ってしまう買い物癖、等など…。

 ADDの人間が彼女のエッセーを読むと、一頁に一度は頷いてしまう。だがそんなADD的性格以前にも、頷ける要素がいくつも散りばめられているのだ。

 どこかお嬢様で、どこか自信過剰で、そして時に田舎者を小馬鹿にしたような都会人気質で、でもどこか謙遜気味で、にも関わらずその謙遜がまた自意識過剰で、ちょっとだけ嫌味っぽくて…。私には一見イヤミにも受け取られかねないそんな性格すら、頷かずにはいられない。

 「花ひらき、はな香る、花こぼれ、なほ薫る」

 そこここに薫る彼女の愛すべき香りは、いまなほ薫り、そして今さらに香りを増している気がしてならない。



 限りなくADD疑わしき彼女が、そこにじっと眠っているとは思えないな。霞町辺りで猫と戯れているか、画廊で絵でも眺めているか、骨董店で皿でも選んでいるに違いない。

 いや、死に急ぎ再会を果たした恋人を今は許し、仲良く世界中を旅していそうである。だとすれば、たった今どこに行けば会えるのだろうか。

―追記―
 ふと思い出した。あれは妹の和子氏の話だったか。

 事故の後、遺品整理のために向田邦子氏の書斎を訪れると、普段はいつも散らかっていた彼女の部屋が、その時に限って珍しく綺麗に片付けられていたという。

 出発前、彼女は何の必要を感じ、苦手な片付けなどしていたのだろうか。
posted at 2005/08/22 16:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑題雑想
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