死を鑑みる夏という名の季節

2005年08月16日
 すでに録画セットを済ませたのだが、考えてみればやはりかなり重そうな内容で、少々不安になってきた。

アウシュビッツ1〜5
〜アウシュビッツ強制収容所 解放から60年〜
(2005年/英米共同制作)
 第2次世界大戦中、ユダヤ人を中心に百万人以上が虐殺されたポーランド・アウシュビッツ強制収容所。ナチスによるユダヤ人絶滅計画を具現化した負の遺産であるこの「絶滅収容所」誕生のきっかけは何だったのか。
NHK総合23:00〜23:45四夜連続

 当然のこととはいえ、その地にも60年目の節目が訪れていたことを思い出した。
 
 それにしても夏という季節は、この手の番組、つまりは先の大戦を回想する番組が多い。60年目という節目であるから、例年に比べ特に多いことは判っているのだが、そうでなくとも、夏という季節には不思議な雰囲気が以前から存在している。

 毎夏味わうこの雰囲気、死という文字を想起させるこの季節の不思議な雰囲気は、日本独特のものなのだろうか。



 夏。夏休み、バカンス、海水浴、真っ青な海、ギラギラとした日差し、スイカ割り、高校野球、ひと夏のナントカとか…。

 夏という季節の一次的なイメージは、どう考えてもその日差しのごとく明るく楽しいものなのに、七八九と続く三枚の暦には必ず、“死”を想起させる日々がその中央に丁寧に記されている。

 お盆、両原爆の日、送り花火会、終戦記念日、旧盆、震災の日、彼岸会。

 春にだって彼岸があるのだから、春秋の彼岸会は差し引いてもよい。だが、寒さゆえか夏よりはどこか内向的で消極的な印象の冬に訪れる、節目としての暮れや正月というものに、“死”を想起させるものは少ない。

 夏独特の、ふと人に死生観を再考させる節目の数々は、どうしてまたこんな明るい季節にばかり集中しているのだろうかと、つい考えてしまう。

 怪談話が涼を呼ぶ粋な余興として発展した季節だったからなのか? その元となる人魂などが暑い夜ゆえ出現し易かった季節だったからなのか? 鬼畜米国大統領が“チビッ子”と“デブ男”の二人を広島と長崎に旅立たせた季節だったからなのか? はたまた近代日本にとって最も大きな節目である降伏を裕仁氏が国民の幸福のためと決断した季節だったからなのか?

 いまさら諸外国の習慣や考え方を調べ比べるつもりはないが、やはりどう考えても日本人にとって、夏という季節は≪死≫を一年中で最も身近に考える季節に思える。


 
 話を逸らすが、今朝のみのもんたはなにやら“9.11”というフレーズをやたらと繰り返していた。「夏の選挙のキャッチフレーズです!」などとはしゃいでいたが、今年の日本では“9.11”は選挙のお知らせキャッチコピーなのだそうだ。

 だが、アメリカではまだまだ当分の間、たぶん今後数十年間は、やはりあの“9.11”を思い返す夏の節目となるのだろう。

 “リメンバー9.11”というキャンペーンは、といってもそんなキャンペーンなど聞いたこともないが、そんな風潮ならば、もしかすると“フォーゲットパールハーバー”してくれるかも知れない。

 アメリカはともかく、ドイツが無条件降伏したのはいつ頃だったのか。かつて歴史の試験で100満点中8点しか取れなかった小生は、一応ネットで確かめた。

 ベルリン陥落 1945年5月7日

 一足早く降伏終戦を迎えたドイツにとって、その節目は五月であった。


 
 なんでまたこんなに重たくて暗い記事になったのか。

 NHKのBSで放送されていた「あの日昭和20年」なんてものを数時間ぶっ通しで見てしまったからだろうか。このずしりと重たい気分、軽度の鬱と相まって当分余韻が残りそうである。

 アウシュビッツなんて番組、観ても大丈夫なのだろうか。「モンク2」でも観て少しテンションを上昇させた方がよさそうな気がしてきた。
posted at 2005/08/16 21:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑題雑想
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