トゥルーを呼ぶ「自己犠牲」

2005年08月04日
「トゥルー・コーリング」が始まったことにより、「ナッシュ・ブリッジス」が終わってしまった。残念でならない。全編録画は無理にしても、一話くらいは録画保存しておこうと思っていた矢先である。

トゥルー・コーリング DVDコレクターズ・ボックス1 7月29日発売 トゥルー・コーリング DVDコレクターズ・ボックス2 8月12日発売 トゥルー・コーリング DVDコレクターズ・ボックス3 9月2日発売
トゥルー・コーリング
―DVDコレクターズ・ボックスVol.1-3―

トゥルーの犠牲になったナッシュが、まったく悔やまれてならない。「ナッシュ・ブリッジス」のDVDは、発売されないんだろうか。
 
 それにしてもテレビ東京の放映は早い気がする。DVDボックス発売に合わせたタイアップとはいえ、こんな早い放映も珍しいのではないかと思う。まぁ三越が鯨の缶詰売るために持ってるような番組枠だし、意外と割安なのかも知れない。



 さてトゥルー・コーリングについてだが、地上波放映も始まったことだし必要ないかと思うが、念のためあらすじを。

 ふとしたことからモルグ=死体安置所で働くはめになった主人公のトゥルー・デイビーズ。そこに運び込まれた遺体が「助けて」と囁くと“時”は一瞬にして一日遡り、彼女は“二度目の今日”をその人間の運命を変える為に犠牲にする。 

ノベライズ トゥルー・コーリング Vol.1 ノベライズ トゥルー・コーリング Vol.2 ノベライズ トゥルー・コーリング Vol.3 ノベライズ トゥルー・コーリング Vol.4

 先行大ヒットした“24時間生ドキュメント風緊縛ドラマ”を意識してなのか、それともまさか同じ製作者なのかは私は知らない。だが細分化された画面内での同時進行的な手法の代わりに、携帯電話を頻繁に使用し何人かの行動を同時に進めていく雰囲気などはかなり似ている。

 そのスタイルは別として、この手のモチーフは嫌いではない。だが視聴者の生理的な反応を意図したシーンはいただけない。レンタルで見た第一話の中で、初出演の“遺体の女性”がパッと振り向きトゥルーに向かって「助けて!」と言うシーンを見て幻滅した。お化け屋敷の中なら、例え新人のバイトだって人を脅かせるではないか。そんな状況なら衣装もいらない。普通の格好で後ろから「ワッ!」と叫べば、誰だって驚くだろうが。そんな状況と大して変わらないのが、元々ホラー物があまり好きではない私には気に入らなかった。

 ということで、その瞬間私の期待感は一瞬にして消えてしまったため、基本的にこの作品を批評するつもりはない。いや、無かった。

 ただ、たった一話だけはお薦めたい。第3話しか見ていない人間が言うのもナンナンだが、第2話の話の展開とその結末だけは結構気に入っている。

 モチーフは“自己犠牲”

 消火活動で殉職した消防士は、犠牲者の少女と共に遺体として安置所に到着する。消防士は彼女に助けを求め、またもや一瞬にして一日戻った彼女は、その火災の当日彼の元を訪れ、どうにか火災が起きないように色々奮闘する。だが結局火災は起きてしまう。

 彼の声により結局は少女が助かる。だが消防士は今日もまた安置所に戻ってしまう。

 恋人に裏切られたばかりのトゥルーは、その二度目の一日だけで消防士を愛しはじめていた。彼女は二日目の今日にも結局安置所に戻ってしまった彼に、そっと語りかける。

「『助けて!』って言ったのは、
  あなたの為ではなかったのね…」

 第2話を理解するために、一応第1話と第2話を観て欲しい。後は要らない。他を観なくても、たぶんこの第二話だけで十分であろう。以後展開は大して変わらない気がするためである。

 せいぜい想像できるのは、彼女が遡る時間が徐々に長くなり、やがては母親が殺された日まで戻るなんてところだろうか。
 もしかしたら母親の死亡も、実は“自己犠牲”によるものだったなんて内容だったりして…。そして母親もまた消防士のようにこの世には戻らず、安置所に戻る…とか。



DVD 四日間の奇蹟発売予定日は2005/11/21(画像はサントラ盤) どうも最近の傾向なんだろうか。この自己犠牲がやたらと目につく気がする。自分の周りだけかも知れないが、時代が必要とするテーマなのかとも思えてくる。

「四日間の奇蹟」しかり、「コンスタンティン」しかりと、自己犠牲をテーマもしくは軽く触れるような内容が多い。
コンスタンティン あのマトリックスだって考え方変えれば抵触してるし。

 裏返せばそういった内容のものばかり自分で選んでいるともいえるが、いくら自分ひとりで求めても、一向に出てこない時だってあるのだから、世の中がそうなのか、それとも自分の周囲だけなのかは区別がつかない。

 ところで、私にとってそんな“自己犠牲”という言葉が気になり始めたのはいつだったかと考えると、一冊の本を思い出す。

塩狩峠 三浦 綾子 (著) 私はあの小説の中の「どかん!」という音がいまだに忘れられない。“自己犠牲”って、そんな音が聞えるのか。そんなに大きな音がするのか。そんなに遠くでも聞えるのか。

 セカチュウだとか、イマアイだとか、感動系とか呼ばれているらしいが、残念ながらか運良くだか、私は読んでいないし映像を見ていないが、このあたりの感動系ストーリーにはこの“自己犠牲”というテーマ、必需品なのかも知れない。

 今のところ興味はないので、自己を犠牲にして読むつもりはない。せいぜい「コンスタンティン」なら、お気に俳優のキアヌ・リーブスが出ていることだし、怖がりの自分を犠牲にして観てもいい。
posted at 2005/08/04 11:45 | Comment(2) | TrackBack(0) | 映像批評
この記事へのコメント
ナッシュ・ブリッジス超好きでした。 トゥルーはどうなんだろ? 昔日テレの深夜“天国の階段”? なるものも似た様な感じだったような。あれは天使が一人の人間の過去をやり直すチャンスを与える、みたいなやつだったけど・・
Posted by 怪盗KID at 2005年08月04日 13:35
怪盗KIDさん、いらっしゃいマセ!
「天国の階段」って、何か聴いたことあるような見たことあるような、確かテープのおしまいにチラッと録り残しがあったような…。

まぁ十派一絡げで“セカンドチャンス系”とでも言いましょうか。

古いモノでは、ウォーレン・ビューティー(今ではビーティーだっけか…)の「ヘブンキャンウェイト」(邦題が思い出せん)なんてところもでしょう。あれも結構好きでした。
Posted by 映太郎 at 2005年08月04日 13:57
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