ガープとレインマンと空の色

2005年08月04日
 男は家を探していた。
 不動産業者が一軒の物件を彼に紹介するが、彼はいまいち気に入らない。するとそこへ軽飛行機がふらふらと飛んできて、彼らの目の前でその家の二階に突っ込む。彼は思わず叫んだ。

「これに決めた!」

ガープの世界ガープの世界

 予想外の状況とその意外な決意の理由に、私はとても納得できる。たぶん同じことを考えるだろう。
 
 こんな状況、もう当分の間は有得ない。つまりはもっとも安全な家ということ。飛行機がまたそこに落ちることなんて、確率的にはまず有得ない。



 ところで、飛行機にいざ乗るとしたらどうだろうか。
 落ちたばかりの路線、落ちたばかりの航空会社、落ちたばかりの機種…。そのあまりに天文学的に他人事な不安も、実際それが自分ごときになど起こるはずがないなどと楽観視して、多くの人はさほど気にせずチケットを買うだろう。
 まぁ乗客のニーズを馬鹿正直に受け止める馬鹿正直な担当者が、もし万が一でもチケットカウンターに勤めていたら、「こちらが只今の当社の確率でございます!」などと、電光掲示板で案内してくれるかもしれないが、そんな人間が航空会社で出世する確率など、それこそ天文学的に微々たる状況かも知れん。

 夢のような確率を信じ、有楽町チケットセンターだかの1番や7番の窓口に並ぶ人だって、航空会社のチケットカウンターの1番で買うか7番で買うかを迷うだろうか。まぁ4番だけ避ける人はいるかも…。

 だがそんな微々たる不安を真剣に考える状況も、やたら大袈裟に描く映画の中には、一人いた。

 ふと思い出すのはこの映画。なぜかどこかの国のある飛行機会社が一社だけ、機内でせっせと上映していたというあの作品。

レインマン(1988/アメリカ) 兄を連れ旅をする弟は、飛行機のチケットを買おうとするのだが、飛行機嫌いの兄は不安を口にする。
「どこの飛行機だって一度くらいは落ちてるよ」と反論する弟に、兄はある航空会社の名前を口にする。

 「カンタス!」

 撮影当時も公開当時も、まだ一度も事故を起こしていなかった航空会社だったらしいが、現在に至ってはどうなのか、私は知らない。

 皮肉にも、ガープの主人公の理屈で考えれば、ある意味もっとも危険な航空会社である。だがガープが思い浮かべた確率は乗るために想定したものではない。

 人が作った飛行機を人が操縦する。そこに潜在する人的ミスは絶対ゼロにはなり得ない。世界中の航空機の運行時間と事故件数から、数万時間に一回などという飛行機事故の確率も机上では算出されているらしい。だとすれば、事故が起きたばかりの航空会社のチケットがもっとも安全といえる。

 楽観的なガープはそこまで考えなかった。でもレインマンはそれを危惧した。ではハインリッヒ氏ならどっちの理屈で航空会社を選ぶだろうか。たぶん彼もカンタスを選ぶだろう。その会社のミスの確率を想像したとしたら、彼は間違いなくカンタスを選ぶはずである。



 不謹慎ではあるが、「最近飛行機事故って少ない気が…」などと思ってしまう。悲観的で自意識過剰な人間ほど、物事を確率的には必ず悪い方向へ考え過ぎ、不安が先行してしまうのだ。OCD…、強迫観念…、心配性…。

 だがそんな強迫観念の症状を自覚して差し引いたとしても、ハインリッヒ氏の理論を思い浮かべると、やはりある国内航空会社の数字がとても気になってなやまい。

 この一年ほどの報道で、その航空会社の人的ミスがどれだけ取り上げられただろうか。

・全日空と日航の機長、業務停止処分に
・高度誤認の機長を業務停止 国交省が行政処分
・日航、全日空の機長を業務停止=服薬、高度ミスで国交省
・日航、燃料高で10月から6路線運休へ
・故障表示で引き返す=成田発広州行き日航機
・日航機トラブル 逆噴射不作動で着陸 子会社の整備ミス
・日航機 「逆推力装置」作動せず 安全ピン抜き忘れる
・逆噴射装置作動せず着陸 整備ミス、日航を厳重注意
・<日航機トラブル>逆噴射不作動で着陸 子会社の整備ミス
・<日航機緊急着陸>火災探知機の不具合でマニラ空港に
・与圧装置が故障 日航機緊急着陸
・8200mから緊急降下 日航機、3人耳の痛み
・<JAL機>福島空港で燃料漏れ見つかる、5便が欠航
・JAL制服、ネットに出品 横領で元派遣社員の女逮捕
・高圧タービン破損が原因 関空に緊急着陸の日航機
・エンジントラブル機公開 日航、関西空港で
・飛行中に左エンジン停止 日航機またトラブル
・日航、全日空ともスト回避 全便が平常通り運航
・航空乗員組合がスト通告 21日に日航と全日空
・空調故障で引き返し 北九州行き日航1821便
・内圧低下でタイヤ脱落 日航機トラブルで事故調委
・成田着の日航機が部品紛失 平行滑走路を8分間閉鎖
・タイヤ周辺を中心に調査 脱落トラブルで事故調
・「着地後に衝撃」と機長 羽田の脱落トラブル
・日航機タイヤ外れる 前輪、羽田の滑走路閉鎖
・機体から車輪外れる 羽田空港で札幌発の日航機
・高校生が救命胴衣持ち出す 日航、気付かず1週間運航
・ジャンボ機主脚部品破断 日航、全日空全機点検
・ジャンボ機の主脚部品破断 日航、全79機を検査
・機長が服薬報告せず乗務 日航、航空法違反疑い
・日航千歳を立ち入り検査 国交省、再発防止で
・355人分の航空券紛失 日航、カード番号記載も
・日航機が大阪に緊急着陸 片側エンジン不調で
・日航がカード売上控え紛失 46人分、国交省が厳重注意
・カート収納せず日航機着陸 国交省が厳重注意
・カート収納せず日航機着陸 規定違反で国交省厳重注意
・日航、無認可で旅客機整備 3機種延べ111件
・圧力調整弁、正常作動せず 日航機急減圧で事故調委
・日航、多難な再生への道 難しい安全と収益の両立
・与圧装置に不具合か 日航機急減圧で事故調委
・兼子会長が退任へ 運航ミス続発で引責
・急減圧で8千m緊急降下 与圧不具合か、耳痛も

 たった三ヶ月分の検索リストでこれだけ登場した。中にはダブっているものもあるが、それらを削ったとしても三ヶ月でこれだけというのはやはり異常としか思えない。

 ちなみにストライキなんてものはミスではないと言われそうだが、組織としての問題として考えリストに残した。例えそれが上下関係だろうと、チームワークの悪い人々が整備しているということ、不安材料に思えたからである。JASとの合併直後というのも理由である。

 さて、ハインリッヒ氏が成田で飛行機に乗るとしたら、この会社のチケットカウンターには並ばないと思われる。ミスがこれだけ表面化しているとすれば、表面化していないミスがどれだけあるか判らないことを、彼は判っているからだ。
 その見えない数値から、ハインリッヒ氏がその天辺に据えたあの赤い三角形に属する事態が、どれだけ現実に近づいていることかを。



 検索リストをチェックしていると、やはりあの日絡みの記事タイトルが物言いたげに存在を主張していた。

≪日航機墜落 衝撃まざまざと≫
―「事故から20年」展 県立図書館―
 520人が犠牲になった日航ジャンボ機墜落事故から8月12日に丸20年となるのを前に、県立図書館(前橋市日吉町1)は20日、これまで出版された同事故に関する本や当時の新聞など、所蔵資料約150点の展示「日航機墜落事故から20年」を始めた。
 同館は「夏休みを利用して、事故を知らない若い人にも見に来てもらいたい」と多くの来場を呼びかけている。見学無料。9月4日まで。(Yahoo/毎日新聞/2005/07/21 16:20)

 あぁ、あの日あの8月12日午後6時56分からもう20年が経とうとしている。

 それにしても、図書館の言葉は意味が深い。考えてみれば、あの事故以降に生まれた世代がすでに日航に入社し始めているはず。
 前橋だかで開催されている≪その事故の博物館≫に、今もっとも行かなければならない人々は、その会社の新入社員かも知れない。いや全員だろうか。

 検索リストはその日のある特別な予定を知らせてくれた。その日その時間帯その瞬間をまたいで、再現ドラマが放送されるという。

≪日航機墜落事故から20年…ドラマで再現≫
 520人が犠牲となった日航ジャンボ機墜落事故をドラマとドキュメントで取り上げるTBSの特別番組「ボイスレコーダー〜残された声の記録〜ジャンボ機墜落20年目の真実」が、事故発生20年の8月12日午後6時25分から放送される。墜落した午後6時56分をまたいでの特別編成。事故機の高浜雅己機長=当時(49)=の遺族の20年を再現ドラマにし、同局が取材したドキュメントと合わせて構成する。(Yahoo/毎日新聞/2005/07/14 06:15)

 その時間そんな番組を見れなくとも、その時間帯に空がどんな色なのかをどうか確かめて欲しい。彼らがその色の空を見ながら、その時どんなことを考えていたかを…、想像して欲しい。

隠された証言―JAL123便墜落事故 藤田日出男著8月12日午後6時56分
 空が一体どんな色なのか…
posted at 2005/08/04 05:45 | Comment(2) | TrackBack(0) | 報道批評
この記事へのコメント
日航機の事故の時、私は12歳でした。正直、あまり記憶にもないし、日航機の事故が8月に起こった事である事すら覚えていませんでした。大きな事故だった、という程度の記憶です。そんな私がたまたま紹介されていた本と同じもの「隠された証言」をネットでたまたま見つけてほんの興味で購入しました。それから2週間ほどしか経っていませんが、私の手元には日航機事故関係の本が4冊になりました。涙がでました。そして偶然にも今年が20年目。私の知っている限りでフジテレビとTBSでドラマが放送されるそうです。絶対見ます。偶然ではなく、見せられたのだと私は思っています。そうでなければ、事故の事をほとんど知らなかった私がこんないいタイミングで本を手にし、もっと知りたいとは思わなかったのではと思うのです。
Posted by あゆみー at 2005年08月09日 21:26
あゆみーさん、こんばんわ!
私は以前その操縦室の録音テープを放送で聞いたことがあります。

「これはダメかも知れないね」
機長はちょっとだけ本音も漏らしていました。

でも、“最後のノイズ”が、彼らの声を遮るその瞬間まで、彼らは決して諦めようとしませんでした。

聞くのは相当辛いものです。しかしそこには、彼らの壮絶な闘いがしっかりと記録されています。多くの人に聞いてもらいたいものです。忘れないためにも。
Posted by 映太郎 at 2005年08月10日 02:50
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