空前絶後天下無敵の大力士?

2005年07月20日
プロ野球選手や監督が審判にクレームをつけ退場になるなんてことはもう日常左団次だろうけど、力士が審判に異議を唱えるなんて…。これはもうまったく“怖いモンなし天下無敵の大力士”の登場といえそうである。

知らなんだよ
 そんな大それた方だったとは。まったく…。

ってか、横綱不在の現在の状況こそ、早くどうにかした方がよいのではないのだろうか。大体、横綱不在はいつまで続くのか。
 


誰か―まぁ一番上で結局一番目立つお方のことではあるが―、その誰かの傍若無人ぶりに目を瞑り見て見ぬフリをするくらいなら、ロボコップ高見盛の成績にちょっとだけ目を瞑り、間違えたフリして横綱にしたっていいではないか。

こんなことを言うと笑われそうであるが、そんな例えと比較できるほど、誰かの言動は綱を名乗る者としては異常で、見ていられないものがあるではないか。それを見て見ぬフリをしているお方々の沈黙も、ある意味異常としか思えない。

まじで高見盛でも横綱にしたいと思う。

「えっ、私が横綱っすか?・・・・・・・」
なんて、目玉が落ちんばかりの顔を見せてくれそうなのだが。

「(高見盛横綱昇進は)異例の人事ではありますが、相撲人気回復のための特別措置です。」とかなんとか言ったっていい。誰も文句は言うまい。文句を言うのはどうせ、20日の取り組みに“物言い”を付け行司の軍配をひっくり返した審判に“物言い”を付けた力士くらいだろう。

だがそんな番付上の特別人事も、ロボコップは喜ばないんだろうな。あの方、桁外れにまじめそうだし。それに“高見盛でも横綱に…”の“でも”なんて言葉、かなり失礼な気がしてきた。失礼を誤る。



ところで朝青龍関、少しは丸くなったのかと思ったばかりなのに。まったく…、残念でならない。

ところで高見盛関、負けても負けてもそしてさらに負けても、なぜかいつまでも見ていたい力士。横綱になれなくとも、その名がいつまでもファンの心の中に残ったあの大関貴の花のように、日々着々とファンの心の中に何かが積み重なっているような気がしているのだが、判っているのかいないのか。

 高見盛関っ、判ってるの?
  朝青龍関っ、判ってるの?

この二言、ほとんど変わらないのに、意味も違えば語気もまったく異なる。

きっと30年後、現在綱を独り占めしている誰かなんかより、もしかしたらロボコップの名が残っているのではないだろうか。いや残したいものではないか。
posted at 2005/07/20 23:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 報道批評
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