ツッコミは愛と言うけれど…

2005年07月20日
NHK「トップランナー」はこの春新装開店した。まぁ、リニューアルオープンもいいのだけれど、“食ワズ嫌イ”という人種、とかく新しいモノを受け付けるまでに時間が掛かる。

もう何ヶ月か経ったのに、新オープニングビデオクリップが、目にも耳にも馴染んでくれないのだ。

The Best of New Order by New OrderThe Best of New Order
by New Order

1曲目“Let's Go (Nothing for Me)”は、
武田真治版「トップランナー」の
オープニングテーマ

武田真治が走り、武田真治がニヤつき、本上まなみが殴り、武田真治が吊るし上げられる。そのバンドのその曲が流れていた、あのオープニングクリップがもうすでにちょっと恋しい。
 
今のバージョンも何年か後、また新しく切り替わる頃までには馴染むのだろうけれど、山本太郎氏はどれほど持ちこたえてくれるだろうか。



さて先日のトップランナー、登場した作家の意外にもガッチリとした体に、本上は何気なく山本の体と見比べていた。

で、小説家福井晴敏氏って…、誰?。

福井晴敏著 亡国のイージス福井晴敏著 終戦のローレライ 上福井晴敏著 終戦のローレライ 下福井晴敏著 戦国自衛隊1549

「亡国のイージス」「終戦のローレライ」「戦国自衛隊1549」
それぞれ別々に出発したはずの三作が、なぜかズレ込み追いつき、今年玉突き事故のように連発しているという。そういうお方だったとは。

読書など、まず苦痛の2字しか浮かばない者にとっては、特に新しい作家の名前などにはまったく馴染みがない。…のだが、その少年時代の話に急に親しみを覚えてしまった。

山本が微妙に上がり下がりする関西弁で質問する。
「子供の頃から、小説が大好きだったんですか?」

福井氏は答えた。
「いや俺は…、字読まなかったですね。」

山本が、
「読まなかったんですか?」
と、思わず聞き返すと、

バツの悪そうな福井氏は、
「もっぱらフキダシに書いてある字を読むタイプの…」
と、マンガっ子を認める。

本を読まず、映画が大好きでした―そう振り返る彼が、本にはまったく興味を持たず映画好きだった私にはふと身近な存在に感じた。

読書家らしい本上が、
「でも、そんな、それほどまでに読まなかった少年が、どうして小説を書くようになったんですか?」
と、モノを書き始めたきっかけを尋ねると、彼は映画の話をキッカケに物書きのキッカケを語り始める。

小説家福井晴敏氏は、警備員の仕事をしていた時期、その気の遠くなるような暇つぶしがてらに、物語の小さな欠片を書き留めはじめたという。少人数の小さな職場で、暇つぶしの手段に飢えていた同僚たちはみな進んで読んでくれたらしい。仲間はみな「これは面白い!」と絶賛してくれたと語る。

「7人しかいない職場で、つまらないなんて言える人間はいませんでしたよ…」と分析する彼に、「そういうことなのか…」と呆れ気味に笑う本上。

その仲間の言葉ですっかり調子に乗り小説を書き始めたと、彼は冷静に振り返っていたが、まぁそもそも「良し悪し」と「好き嫌い」は次元が違う。仲間たちは「良し悪し」を語らなかったわけではなく、ただ純粋に物語を楽しみ、その物語を作り出して与えてくれた彼に、純粋に賞賛を返したとも考えられる。



同僚たちに与えた物語の欠片たちが、良し悪しどちらだったのか、ダメな部分があったのかどうかは判らない。だがある意味、ダメな部分を無視してくれた仲間の―結果として優しかった―感想の声が、彼のさらなる創作意欲を刺激し、その先の道に彼を押し出したことになるのだろう。

てか、よほど暇だったのでは?…などとも、意地悪な考えが浮かぶが、そうだとしてもそれが実はラッキーだったと考えられるかも知れない。

結局彼はそのまま調子に乗りある小説コンテストに出品。一度は落選するも、選者に「来年も待ってる」と挑戦的評を贈られ、その“来年”である翌年、見事≪江戸川乱歩賞≫を受賞する。

福井晴敏著 川の深さは初応募落選作   
「川の深さは」   
福井晴敏著 Twelve Y.O.
   リベンジ受賞作
「Twelve Y.O.」

見事挑戦を受け、しっかりとリベンジしたわけだ。



ところで、その後番組は「献本」の話題へと移行する。

記念すべき本を誰にでも贈れる「献本」というシステム。その言葉に経験があるのか、本上は「うんうん」と頷く。

で、福井氏、敬愛するも面識もないアニメーション作家―富野由悠季氏に贈ったという。丁寧にもまず“届きました”との謝辞を手紙で受け取り喜んでいたところ、後日読み終わりましたと報告の手紙が届いたという。

だがその手紙の内容、「よくやった」が三割に対し、「ここがだめだった」が七割だったという。

富野由悠季氏、業界では“ダメダシ”で有名らしい。

結局それが縁で色々と世話になったあげく、結婚式の仲人まで頼んだ彼は、「それでまた、結婚式でもダメだしでして…」と会場を沸かせる。が、ふとその“ダメダシ”という言葉に、関西人のある常識が頭に浮かんだ。百人いたら百人すべてが吉本芸人なのではと(関東人はとかく)思いがちな関西人の“ボケとツッコミ”の感覚。

 “ツッコミ”…それは愛である

つまらないギャグほど、間髪入れずツッコミを添えてあげないといけないらしい。頭を叩くなり、どつくなり、コケるなり、蹴飛ばすなり、それぞれ反応してあげてこそ救いがある。誰かのギャグがシラケた時、何事もなかったかのようにその場を見過ごす関東人には、見習うべき言葉でもある。

クレーム処理のベテラン上司も言いそうではないか。「クレームの電話をわざわざしてくれるお客様は、期待するから文句を言うのだ。どうでも良い相手になど、電話代すらもったいないはずだろ!」

 “クレーム”…これも愛なのか?

まぁギャグやクレームはともかく、福井氏が受けたダメダシというものは、先輩作家として真剣な言葉だったのだと思う。

とかく他人の批評というものは難しいものである。根本的に意見が違えば余計なお世話になるかも知れないし、真摯な批評姿勢も時に痛烈過ぎれば相手は立ち直れないほど落ち込むかも知れない。だが、その言葉が相手に必要だと思われるから贈るのだ。時に相手を痛めるような痛烈な指摘を、あたかも贈り物のように授ける。

 “ダメダシ”…それも愛なのである

彼はある意味幸運なのであろう。同僚は進んで作品を“ダメムシ”しながら読み、暖かき絶賛の言葉を授けてくれた。そしてその道にどっぷりと漬かり始めた頃には富野氏と出会い、“ダメダシ”の言葉を贈ってもらう。

 “ダメムシ”…それだって愛かも知れない

“ダメムシ”してくれる人の存在が羨ましいではないか。私もダメムシ同僚が欲しくなって来たが、警備会社の夜間警備など、臆病で食わず嫌いな人間はまったく“ご勘弁”な仕事である。冗談じゃない。

かつて、かなり若い頃の事ではあるが、私はある年配の研究者と出会った。彼は日本に心理学のあるシステムを導入したかなり有名な方だと紹介された。その老教授の話である。

「人には二タイプいるんだよ。厳しく叩かれて伸びる者と、褒め煽てられて伸びる者とだ。」

この言葉、結構長い事耳に残っていたのだが、福井氏の話を聞いていて少し考えが変わりそうである。

先の二例に分類される二タイプの人々。だがそれはその人それぞれに、またその時期それぞれに変わる。時に、“ダメムシの言葉”が適切な時期もあれば、時に“ダメダシの言葉”が必要とされる時期もある。そう言えるのではないだろうか。

「そうでしょ? 友田先生!」

二十年ほど前の事である。その頃かなりのお年だった先生は、今もお元気なのだろうか。



ところで、初めての作品に原稿用紙だかを五千枚使用したという福井氏の言葉には笑ってしまった。

「いやぁ、自分でもいつ終わるんだろうって、思っちゃいまして…」

そんな人の記事だからか、いつまでたっても終わらない。ここらで強引に終わらせねば。
posted at 2005/07/20 01:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 放送批評
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