「9.11」初の映画化か?

2005年07月10日
あの日が、初めて映画化されるという。

≪米同時テロ、初の映画化=社会派O・ストーン監督≫
 米映画大手パラマウント・ピクチャーズは8日、2001年9月11日に起きた米同時テロを題材とする初のハリウッド映画の制作を発表した。
(Yahoo/時事通信2005年7月9日11時1分)

“ベトナム戦争”に「プラトーン」と名付け、“帰還兵のその後の闘い”に「7月4日に生まれて」と名付けたアカデミー賞三度受賞の社会派監督オリバー・ストーン氏は、その日“2001年9月11日”に何と名付けるのか。タイトルの最有力はやはり、最もシンプルでいまだインパクトの消えないその三つの数字そのままではないだろうか。

だが、まだその名も判らぬ仮題「“9.11初の映画化”という最強のキャッチコピーを有する映画」は、“9.11”初のハリウッド映画ではない。そのような映画は、すでに日本で公開されているではないか。
 
「宇宙戦争―WAR OF THE WORLDS」

スピルバーグが何と言っているかは知らない。だがどう考えてもこの映画「宇宙戦争」はあの日“9.11”をキッカケとし、密かに投影しているとしか思えない。

日本語タイトルではすぐにSF映画を連想してしまうが、原題を直訳してみれば現実世界のあの争いに完全に重なる。

「世界の戦争」ではなく「世界と世界の戦争」

言葉も価値観も理解できない二つの世界に住む者たちの争い。多くの国民がある程度似通った宗教観を持つ人々で構成されている(実際はそうではなくても、その国を左右する人々に限ってはかなり似通っているだろう)国と国の争い。

今中東からその戦場を世界へ拡大している争いそのままのタイトルである。

先の記事でも書いたが、彼らアメリカ人はあの日まで戦争というものを知らなかったのだ。自国の中で闘いが繰り広げられることがどれだけ恐ろしく、一般市民にとってどれだけ理不尽なことかを知らなかったとしか思えない。

フジの笠井アナがインタビューした時に語っている言葉だけは少々耳にしたが、「市民の日常生活が何かに襲われ破壊されるごくありふれた恐怖を描いたつもりだ」とか何とか言っていた。

南北戦争なんて内戦を別とすれば、他国の攻撃を受けたことなど、日本が悠長に送り届けたひ弱な風船爆弾くらいだろう。

真珠湾は攻撃されただろうと人は言うだろうけれど、あの地はアメリカ本土でもないし、そもそも喜んで攻撃させたという説も有名である。

ちなみにその真珠湾を思い返してしまうと、その“大戦参戦を目的とし知りつつも攻撃させた”という構図がWTCにも重なり話がややこしくなるので、ここでは触れずにおく。

社会派監督オリバー・ストーン氏がどう描くつもりかは知らないが、“9.11”の数字を全く表に出さず密かに大作映画に仕立てた娯楽派監督S・スピルバーグは、ちょっとズルいのかかなりしたたかなのか、深く考えると嫌いになりそうな製作姿勢である。



そして先日、インパクトを有する三つの数字が新たに出現したが、こちらは二つの数字であった。

7.7…2005年7月7日、ロンドン

英国の国民はこの日、アメリカ人があの日に受けたほどのインパクトを受けたのだろうか。

第二次大戦中、ロンドンはドイツからきまぐれに訪れるロケット爆弾に悩まされたという。その恐怖の記憶を抱える人もかなり存命だとは思うが、もはや映画を作ろうと言いだす年齢ではない。

だが紛争は耐えない国だったらしい。一部の地域の独立を求めた爆弾テロには、つい7.8年前まで悩まされていたらしい。慣れているという言葉は使いたくないが、まったく同じだとも思えない。

そもそも、その国の成り立ちもまったく正反対である。現在自国に忍び寄る戦禍に怯える大国は、皮肉にも闘いによって独立し自由を獲た国である。そして同様の戦禍を受けつつある小国は、かつて有していた地を闘いによってやむなく手離しその都度自由を与えていった国だった。

その小国を代表する首相は大国の大統領に足並みを揃え、コピー用紙を読むように声明を口にする。

首相の声明は、彼らが受けたインパクトが同様だと語っているが、その国民の反応が米国の国民と完全に重なっているのかは定かではない。日本人の意見が重なっていないように。



ところで私は、一連の報道の中でどこかのトピックスで目にした言葉に引っかかっている。

「彼ら」と「私たち」と「勝ち」と「負け」と…。

ふと、俯瞰のため息が聞こえてきた。

「人々は負けを恐れ、勝ちに拘っている。この争い、“勝ち負け”という言葉が聞こえるうちは終わりそうも無いな」

カブトムシの闘いでも覗いている宇宙人が吐くような台詞が聴こえる。

空を見上げると宇宙人が観察しているのだ。

宇宙人A「この星の生物って、進化の過程で闘いに生き残った“闘い好き”の生物たちの子孫だからか、“闘い好き”しかいないようだ」
宇宙人B「そりゃそうだよ。闘いが嫌いな生物はみな死に絶えてそいつらの子孫は一粒たりとも生き残っちゃいないんだから。それが“淘汰”ってモンだからね」

生物が「生」への執着を忘れ、「闘い」というものを忘れた時、世界は平和になるだろうが、その時になったら生物はみなその本質を変えるだろう。

宇宙人の声を聞いていたのか、宗教家も口を開く。

「執着を捨て、無心に生きなさい。そうすれば、「生物」はみな「成仏」するのだから」

宗教家の声を聞いていたのか、大脳生理学者も口を開く。

ヒトの闘争本能と生殖本能は切り離せないんです。だから、ヒトが闘争本能を失ったとしたら、生殖本能も失うことになり、ヒトは子孫を残さずにその種を絶やしてしまいますよ。

宗教家は頷く。

「そうでしょう。その時こそ、苦しみの絶えない今世は消え去り、すべての“生”が極楽へ辿り着くのです」

宇宙人はともかく、宗教家と大脳生理学者の予想が実現される日は何億年先なのだろうか。
posted at 2005/07/10 04:05 | Comment(0) | TrackBack(1) | 報道批評
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Excerpt: 5000ヒットありがとうございます!!と言うにはあまりに重い情勢ですが、そんな中4年前の米国同時多発テロの映画化が決まりましたね。必ずいつかは映画化されるとは思ってましたが、予想より早かったというのが..
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Tracked: 2005-07-11 09:06
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