パパと君だけの独立記念日!

2005年07月06日

一昨日7月4日は、某合衆国の独立記念日なんだとさ。

2001年9月11日のその日まで、
“戦争というものをまったく知らなかった人々”の、
“戦争というものをまったく知らなかった人々”による、
“戦争というものをまったく知らなかった人々”のためだけの政治で成り立ってきた合衆国アメリカ。7月4日は、そんなお国の独立記念日だったんだとさ。

そんなどうでもよい国のどうでも良い日の翌日の7月5日、その日は私にとって悲しく寂しくも忘れ得ぬ記念日になった。

息子とトランプで遊んでいると、彼は突然パパの元を離れ泣きながらブツブツと呟いた。

「パパの馬鹿! パパなんて嫌いだ!」

おばあちゃんに連れられ風呂に入ってもまだ彼はブツブツ言っている。風呂場の湯気で湿ったエコーが、その言葉を居間の私の元まで運び漂った。

「パパなんて大嫌いだ!」

トランプの洒落た切り方を見せた私に「僕もやってみる」と無理を言う。物も試しと無理を承知でやらせてみた。半分に分けた二組のトランプの束の先端を突き合わせ、サクサクサクッと一瞬に混ぜる切り方は大人でも苦労するようなちょっとした技である。

もしやコイツできるかもと思い、でもちょっとだけ手を出した瞬間、彼は突然泣き出した。

「僕がヤルッてばぁ〜…うえぇぇ〜ん」

失敗した…。そう思った瞬間は遅かった。何でも自分でしてみたい頃なのか、自分だけで試してみたい性格なのか。考えてみればそうしむけたのは私である。やれやれ難しいもんだ…と思いつつ、ふむコイツ俺にそっくりだなと心の中で笑ってしまった。俺にそっくりで器用な反面、俺とそっくりで同じことに苦労するのか…とまで想いが至ると、心の中の笑いは複雑なものになった。


 

行きつけのレストランに私の信頼しているマスターがいる。私がある部分でとても尊敬している粋でカッコいいオヤジである。その彼がちょっとだけ破天荒な人生を聞かせてくれることがよくあった。

ある時、私は自分の息子に自分の祖父の名前を付けたことをマスターに話した。私の祖父は公私ともに偉い人だった。その祖父と同じ画数となった私の息子の人生について尋ねると、マスターは自分の息子の画数を自慢した。

映「ねぇマスター、画数が同じってことはさぁ、人生ももしかしたら、同じ道とまでは言わないけど、似通った人生辿るもんかねぇ…」
マ「どうだかな。でも、俺の息子の画数ってさ、俺とまったく同じなんだよ」
映「えっ、マジ? そりゃ息子大変かもね。いやいやそりゃ冗談だけど、でもそれってどう思う?」
マ「そりゃ悪くないでしょ。俺と同じだもん!」
映「…(そうか、悪くないのか…)」

私は返す言葉が無かった。誰だって人生色々あるだろうが、自分の人生にそれほど自信を持てるのがちょっと意外だった。同時に、それを意外なことに感じる自分がふと情けなくなった。

ショートショートならありそうな仮定をしてみる。

もしあなたの子供の人生が、これから歩むだろう子供の人生が、自分と完全に同じものだと判ったら、その瞬間あなたはどう感じると思いますか? 

「よかったな! 俺の人生は楽しいぞ!」
「サイコーよ! あたしの人生だもん!」

そんな台詞を吐ける人はどれだけいるのだろうか。私はちょっと謝りたくなってくる。もしかしたら土下座しそうである。

「悪いが、ちょっと我慢してな…」

でも待てよ、画数は私のじいちゃん、彼の曽祖父と同じなのだから、姓名判断さえ信じれば俺よりはずっとマシではないか。だが私は姓名判断より遺伝学を信じている。彼はどちらを信じるだろうか。


 

トランプ事件をもういちど振り返ると、遠い海辺の記憶が蘇る。

夏の千葉だったか、ドライブの帰り道に海辺の食堂に立ち寄った。ありきたりのメニューの中で、誰かが一番珍しいものでもと何かを頼むと“サザエの壷焼き”が出てきた。

テーブルにずらりとならんだ壷焼きに、店員は何かの余興のように、端からマッチで火をつけ始めた。その時私は無理を言った。

「僕がつけたい…」

僕が自分でつけてみたい。マッチで火をつけてみたい。母親にそう小声でねだる私の目の前で、店員はあっけなく火を点ける。私は火のついたように泣き出した。

「僕が…僕が…、僕がしようと思ったのに〜」

ただ無理を言う生ガキの塩漬けでしかなかった。だが、自分でやってみたいと思い、ただやってみたかったのだ。それが無理だとか難しいなどという問題は関係なかった。


 

真似をしているのは、動物学的な習性なのか、遺伝学の成せる技か、息子は私の真似をして無理を言う。

君はどこまで私を真似するんだろう。君はいつまで私の真似をするんだろう。自分に似ている君を見ていると、それはちょっと嬉しくて、でもちょっと可哀そうで、でもやっぱりとてもとても嬉しくなるよ。

「パパの馬鹿!」「パパなんて大嫌いだ!」と初めて言った君は、その瞬間初めてパパを否定し、ある意味ちょっとだけ独立した。ほんのちょっと、それはトランプの厚みにも満たなかったけど、でも君はちょっとだけ独立した。パパはそう見なす。だから、7月5日は君の最初の独立記念日とパパは制定した。

でも…、そのうちこんな感慨も味わないほど罵声を吐くようになるんだろうな。

君はいつまでパパを真似してくれるんだい?

posted at 2005/07/06 07:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑題雑想
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