二人の平行線が交わる時と処

2005年07月05日

線というもの、時に二つの物を一つに結び、また時には一つの物を二つに分ける。方向によって状況は様々である。

父の墓前に並ぶ二人の視線は、土俵に見立てた円い墓石に注がれていた。その視線はまるで仕切り線のように交わらない。

取り組み前のまっ平らな土俵に白くくっきりと描かれた仕切り線。土俵の中心で闘志漲る力士を静かに隔てる二本線。父、兄、弟の三人が戦ってきた土俵の象徴的な平行線。その厳格な世界に身を置く者の性格ゆえか、二人の視線は律儀にも仕切り線のごとく平行している。

その兄弟を見ていると、ふとある葬儀で目にした光景を思い出す。仕事で赴いた葬儀の場で、出棺に際し一人の老人が遺族親戚を代表し会葬御礼の挨拶をした。葬儀ではごくありふれた光景。



その日マイクを握ったのは故人の弟だった。九十過ぎの一人の弟が、先立つ年上の兄の受けた世話に礼を述べはじめる。

「本日はお忙しい中、お足元の悪い中を、故…の葬儀にお会葬お焼香を賜りまして、誠にありがとうございました。兄は昭和…年、…に生まれ…。…。」

聞き慣れたありふれた挨拶文がスピーカーから静かな会場に流れ出る。見れば印刷された例文集の一文を読んでいる。そんな時に葬儀屋の態度は様々である。

表には出さないもののスタッフはみな次のことを考える。長くなりそうな気配を感じるとさっさと影に隠れタバコに火をつける者、柩車の運転手とお喋りする者、何も考えず挨拶を耳から耳へと聞き流す者、会葬者の目につく場から逃げ出せず神妙に聞き入るフリをする者。

葬儀屋はその大切な言葉をまともに耳にしない。ただ興味がない者が多いが同時に、一々その世界に入ってしまわない為でもある。感情移入していたらやっていけないからである。涙もろい葬儀屋だって中にはいるのだ。そして私もなるべくは聞き入らないようにしていた。

例文の部分が終わったのか、その日マイクを握った老人は一端深々と頭を下げた。だがそこから、老人は初めて本当の気持ちを語り始めた。言葉は例文集には載っていない生きた言葉で、その言葉がさらに話し手の思いを過去に連れて戻す。

一端タバコを消した不心得者がさらに長引く気配を感じ、もう一本タバコを吸い始める。

突然、その老いた弟がわんわんと泣き出した。涙が当然の葬儀の席で、涙して当然の親族を代表する最長老が、まるで子供のようにわんわんと泣きじゃくる。その顔はまるで、公園かどこかで兄に置きざりにされた五歳の弟のようだった。九十過ぎの弟が、自分を置いて行った兄を責め兄を探し兄の名を呼び叫ぶ。

挨拶はまとめもなく不意に終わった。だがしっかりと耳に入っていた。弟である私はすっかりその老いた弟の世界に引きずり込まれていた。

故人の年齢が高ければ高いほど、なにか当然の儀式のように平然と進む葬儀が多い。そんな葬儀を幾つも見ていると、「天寿を全うした」とか、「大往生だった」とか、考えてみればある意味当然である死というものを、やはり当然のことなんだと無理に納得させるような言葉が聞こえてくるものである。そんな最中、その日の葬儀はある意味意外である意味実は当然なものだった。

兄弟のいる者にとって、兄はいつまでも弟の兄であり、弟は幾つになっても兄の弟なのだ。



ある頃、その兄弟は日本で一番有名で、日本で最も幸せな家族の兄弟と言われていた。だが今、日本で最も複雑で頑固な兄弟と受け止められている。

頑固な性格ならば、土俵の外へずっと線を延ばせばよい。二人仲良く?延々と平行線を辿るがよい。地球の果てまで平行線を描けばよいではないか。平面的に丸い土俵の上ならともかく、立体的に球い地球の上ならば、平行線もいつかは交わるはずである。

兄弟なんて喧嘩をするのは当然である。それが例え一生続いたところで、それでも兄弟は兄弟である。例え死ぬまで続いたって、それでも兄は兄であり弟も弟である。それが兄弟であろう。
posted at 2005/07/05 04:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑題雑想
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