コウシ曰く「魚の想いは…」

2005年06月27日
ふと可笑しな議論を思い出したのだが、魚の気持ちが判るとか判らないとか仰ったのは一体誰だったか…。

英子だったか、美子だったか、はたまた恵子だったか…。まぁ誰でもよいのだが、可笑しな構図はなんとなく覚えている。魚を眺めていた二人の男の話である。

で、結局男の気持ちがもう一方の男には本当に判ったのか。
 


男Aは川の魚を見てふと呟く。
「あぁ、川を泳ぐあの魚は、さぞ気持ち良いことだろう」

男Bが男Aのその言葉に異議を唱える。
「どうしてそんなことがあなたに判るのだ」

男Aは男Bに説明する。
「“私には魚の気持ちなど判るはずがない”と、私の心の中があなたに判ったように、私には魚の気持ちが判るのですよ」

議論の論議の想像は止まらなかった。

男Bはさらに反論する。
「しかしですね、何も考えずにふと口走った私の心内を、勝手な想像であなた流に断定され傷ついた私のように、魚も傷ついていますよ、きっと」

男Aはその言葉を真摯に受け止め、素直に謝る。そして議論は続く。
「それは失礼した。君がそれほど傷ついていたとは、私にはまったく思いも寄らなかったよ」

男Bは勝ち誇ったように吐き捨てる。
「それ見なさい。あんたにはやはり人の気持ちなど判らんのだ」

男Aはその態度を待っていたかのように言葉を返す。
「そうでしたね。君の言う通りです。私には人の気持ちなど想像もつかん。が、私には人の気持ちなど知りえないと私の心内を悟ったあなたのように、魚の気持ちを知りえることもできるということですな」

男Bは沈黙し心の中で囁く。
「…(こんな人間と議論しても無駄かも知れない…)」

そんな男Bのそんな心内を、男Aは知りえなかった。この議論に関する論議、一体何を仰っていたっけか…。私にはさっぱり判らなくなってしまった。

ちなみに、未来少年コナンの親友ジムシーなら言いそうである。
「それって、食えるのか?」



いたずらな加筆が皮肉にももたらした私なりの結論、そんなものは特にない。しかし、放送製作関係の講義初日の授業をふと思い出した。

その日、広いスタジオで6人ほどのグループに無理矢理分けられた我々新入生に配られたのは、一グループに一枚の大きく真っ白な模造紙だった。一緒に渡された筆記具は数色のマジック。そして先生はまずたった一つ指示を与える。

「各自好きなモノをそこに自由に書き並べなさい!」

我々は訳も判らず、半ば暇潰しのように好き勝手に絵を書き始めた。私はたしかその頃、ジャマイカンレゲエに興味を持っていたので、海に浮かぶ小さな島に三つの実をつけたヤシの木を二本書いた記憶がある。

やがてそれぞれの模造紙が様々な落書きで埋め尽くされた頃を見計らい、先生は次の指示を出した。

「その絵すべてを含んだ物語を全員で考えなさい!」

みな呆然としている。当たり前である。関連性のまったくない“ガキの落書き”たちがそれぞれに反発し、自己主張し、わずかな距離を隔て、かつ孤立していたのだ。それを一つのストーリーにするなんて…。「えぇーっ…」とどよめくスタジオ。

まぁ何だ彼んだ言っても結局無理矢理お話ができあがった。支離滅裂なショートショートがグループの数だけ疲労されたわけである。たしかその講義は、広告を志す者たちの為の時間だった。

講師いわく、「他人の意見を避けたり無視したり、時に排除したりしていては新しいモノは生まれない。広告業界なんて現場は、常に議論が要求され日々繰り返され、かつ何か新しいモノを生み出すことが必要とされるのだ。受け入れがたい相手の意見こそ、丸呑みするつもりでいろ!」

私は納得した。その講師の名前も顔も忘れたが、その言葉は忘れない。魚の御伽噺よりよっぽど深くに染み付いている。



実際、他人の頭の中などいくら考えても判るわけがない。もしあの男Aのように判ったとしたら、それこそ「禁断の惑星」になりそうでそれはそれで本当に恐ろしいことである。

あの川辺で、男Aは結局魚の気持ちなど知りえなかったのだ。ではどうしてあんな大それたことを仰ったのか。男Bも男Cも、それどころか男Zだろうと、自分が本当は魚の気持ちなど何も判っていないことを、誰も判らないと判っていたからである。

で、結局判っていたのか判っていなかったのか…。こんなパラドックス、いくら議論したって無駄である。川魚を前にしたクジラかジムシーのごとく、丸呑みするのが一番である。
posted at 2005/06/27 05:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑題雑想
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