タクシー車内のようなブログ

2005年06月13日
いやはやまったく、いまさらながら一体ブログって何なのだろうかと、いまだに疑問は尽きる気配がない。尽きない疑問は数々あれど、最近急激に容積を膨張させている疑問の核はトラックバックである。

最近のブログサーバーってのはもしや、セミオートマティックなトラバピン送信機能でも搭載したのだろうか。「オジャマシマス」や「ドウモシツレイシマス」、「ドウゾヨロシク」なんてコメント自動添付機能があればよいのに、その送信機能の選択可能オプションにはさしずめ、「キーワードヒトコトセーム」や、「イケンソコソコニタリヨッタリ」や、「ムヤミヤタラニナンデモカンデモ」なんてモノが並んでいそうである。

まったく…、トラックバックとは何とも不思議な機能である。
 
トラバを送ってくれたブログを訪れその記事を拝見させて頂いた時など、そこに「TB、ありがとうございました!」なんてコメントが延々と並んでいるのを見ると、なぜかやたらと虚しくなるのは私だけなのだろうか。コメント欄にそんな御礼だけしかないブログなどを見ると、その虚しさは悲しくも必ず途方も無い侘しさに変わる。

かくいう私のこのブログも、一時はそんな御礼コメントが並んでいた時期がある。
 
記事を一つ書いたなら、とにかく誰かに読んでもらいたいと思い、誰かに何か言ってもらいたいと願い、確実に同意見の人間をブログ検索で探し出してトラバを送る。

相手はトラバ先が気になって記事を訪れ、トラバで取り上げてくれたことに一応お礼のコメントを添えていく。そんな御礼コメントが記事投稿後次から次へと返ってくると、それなりの満足感を味わうことができた。

だが最近ではそんな布教活動にも疲れ他人のブログ検索などあまりしていない。そんな姿勢が露骨に表れているのか、そんなトラバ御礼を多々集める熱心なブロガーからも、最近ではトラバは一向に送信されなくなった。最も侘しかったのは、そんな自分のブログと悲しき自覚ゆえかも知れない。



ブログ発祥の地アメリカでは、今現在どんなブログが主流なのか。私にブログというものを教えてくれた日経WBSも最近ではあまり伝えてくれない。

まぁ、アメリカのブログのオリジンがどんなものかなんてすでに日本人ブロガーにはまったく関係なく、日本人の日本人による日本人のためのブログは、日々日本人向きな形に発展している。

◆プライベートチャット的ブログ
以前にも記事に書いた気がするが、一部のブログはかつてのチャットを変形したモノのように思えてくる。

専用チャットサイトが積極的にその場を訪れて会話を楽しむレンタルルームと考えるなら、現在の一部のブログは、自宅の片隅にマイチャットルームをいくつも備えているプライベートチャットサイトのようである。ホストはまるで将棋における多局同時指南のように、それぞれの部屋を順番に周り返答していく。

◆アマゾン布教家的ブログ
アマゾン株式会社奉仕支援活動的ブログもやはりかなり存在している。アマゾンの商品リストを端から取り上げせっせと投稿していくタイプである。

私もどちらかといえばこの類に属しているが、中には何の私的コメントも添えず、ただパッケージ画像とどこかで読んだような一般的なコメントしか記されていないタイプも存在する。

「私はこれを観て雑巾を絞るほど泣きました」とか、「あまりにつまらなくて劇場支配人を呼び出しました」など、私的…つまりは完全に“その人”的意見が一読点足りも見えないブログが意外と多いものだ。“アマゾンって、ある種の宗教?”と勘ぐるほどではあるが、“アソシエイトって、実はすごく儲かるの?”とも思えてくる。体の良い画像レンタルシステムともいえるだろう。

他にも多種多用にブロガーは存在している。
◆被検索最優先ニュース速報ハルノミ君…的ブログ
◆心理療法カルテ保存棚…的ブログ
◆“書棚を見ればブロガーが判る”書棚露出…的ブログ
◆作家志望者執筆修行中原稿箱…的ブログ
などなど…。客観的に、かつ若干皮肉も込め列記したつもりなのに、自分のブログがいくつもの分類に属しているのが笑えてくる。6分類中5つに属しているのは間違いない。



さて、話はまったくといっていいほど変わるが、先日の記事で疲労した自作のコピーが我ながら結構気に入っている。

 世の中
  空気読めない人多くて 疲れません?

かくいう自分は空気が読めているのだろうか…。もっとも身近でもっとも理屈っぽくもっとも似通った父の顔が目に浮かぶ。

父はどちらかといえば空気の読めない人間だった。いや時によってはまったく読めない人間だった。過去形で書いてしまうとすでに過去の人のようだが、まだちゃんと健在である。表現は一応現在完了形のつもりなのだ。たった今の様子を知らないから若干過去形に近い表現を使っているだけなのだが、そんな父がタクシーに乗った際の話が笑える。

父は運転免許を持っていなかった。「あんなモノ…、まったく必要ない!!」と長年言い切ってきた。日本の免許というものは、どこか“御上”に願い申し出て謹んで賜る的な雰囲気がある。その強弱上下の立場と関係が許せなかったのだ。

かくして、運転しない人間は車社会にも辛辣である。ところがある日、どうしても必要を生じて父はタクシーに乗った。そしてその手の講釈を延々とドライバーに垂れたのだ。

父親…
「車ってモノはまったく…。
 車社会ってモノはまったく…。
 運転免許なんてモノはまったく…。
 車に乗ろうって人間てモノはまったく…。
 まったく…、まったく…、まったく…、まったく…」

いざ目的地に着き、料金を手にしたドライバーは父の顔を見て言ったという。

運転手…
「だったら乗らなきゃイイダローがぁこの○△□×!!」

父は家に帰るや、その話を自虐的でもなく笑い話的でもなく、どこか自慢気に誇らしげに話していたという。その話を母にした際の空気さえも、彼にはまったくお構い無しだったのかも知れない。

見栄や世間体や人の噂などをまったく気にも留めない人間らしい話である。だが、一人のドライバーを激怒させたタクシー車内の“空気の読めない人間”は、本当に空気が読めなかったのだろうか。読めても読まない人もいるはずと考えれば、真実は本人に聞くしかない。

 空気は読めても
  あえてその空気は読まず
   例え読んでも顔にも出さず

ちなみに噂の父の職業は評論家である。一々空気を読んでいたら批評家なんて仕事にならない。



父と比べるならば、自分の方がまだ空気に敏感だと自負していたものの、ブロガーの様々なタイプを書き並べ辛辣なコメントを添えていると、なにやら彼のタクシーの中の空気が漂ってくる気がする。

…。今、この記事を誰かが読んでいたら、その読み手…つまりはあなたと私は一台のタクシーに乗り合わせた二人の人間のようではないか。

さしずめ構図は父の乗ったタクシーとは逆で、私がドライバーであり、ふらりとこの記事を開いた読み手のあなたが客である。饒舌なドライバーは客が物静かなことをいいことに延々と講釈を垂れ続けている。

「まったく…、タクシーに乗る人って一体何なんですかねぇ。私にはどうも理解できませんなぁ。どうしてまたこんなモンにみんなこぞって乗るんですかねぇ、まったく…。酔って臭い息吐くヤカラに、女とイチャイチャする写真を見せびらかすヤカラ、はたまたオイラにさんざん世の中の不平を垂れるオヤジや、自分のタクシーの自慢や宣伝文句を勝手に貼り付けるタクシードライバーとかねぇ。ホントタクシー乗る人間ってのは可笑しなヤカラばっかですよ…」
「・・・(そんなモン書けるわけがないか…)」

“タクシー”と“ブログ”を置き換えれば、面白くも痛痒いブログとブロガーというものが見えてくる。まったく…、ブログってモノは、たまたま乗り合わせたタクシーの運転手との会話のようでもある。

「お客さん! 今日はマケといてあげるからさ、また乗ってくれよ。また乗ってくれたら、そん時もタダにしてあげるよ。だってオイラはさ、お客さんの唖然とする顔を見るのが唯一の楽しみなんでね…」
「・・・(返答はコメント欄に)」
「着きやしたよ! あんたの目的地かどうか知らんけどね…。ほんじゃまた。次の客が待ってますから…」

この運転手、こうして今日もまた、客の居ない座席に向って延々と講釈を垂れ続けている。まったく不景気な世の中である。
posted at 2005/06/13 06:31 | Comment(4) | TrackBack(1) | 電脳批評
この記事へのコメント
こんばんは。お久しぶりです。
映太郎節健在でなによりです。(笑)映太郎さんのBlogを読むのは、少々時間を要しますが(笑)、好きですよ〜。と言っても最近私はあまり、出歩く時間がないため、頻繁には来れないのですが…(汗)

私はとうとうBlogを大幅削減いたしました。本来?のBlogに戻そうと、なんだか感想文のレポのようなモノになりつつ。(爆)文句は別所で垂れてますが・・・。

猫も杓子もBlogとなると、天邪鬼な私は敢えて距離を置きたいこのごろです。(苦笑)



Posted by KaN at 2005年06月16日 23:28
KaNさん、お久しぶりでございます!

最近著しくデブ症にてネット上をあまり出歩いておりませぬ。長らくのご無沙汰どうかお許しくださいませ。

大幅な削減?…なにやら過激なダイエットでも敢行されたのでしょうか。覗きたくなりますねぇ。

皆、ブログにおいて初期の目的はそれぞれあると思われますが、色々なことになんとなく流されていくようです。アクセスばかりを気にするあまりに言葉選びが検索ばかりを意識していたり、日記のつもりで始めたのにいつのまにやら鬱憤録になっていたりと、たまにふと振り返るとなにやら恥ずかしい程に露骨な自らの起伏の履歴が延々と続いていることに気づかされます。
ホントにブログってのは一体?って感じです。
…ブログって実は、日々自分を投稿しているように思えます。

ところで、映太郎節ですか…。
どんな節なんでしょうか。自分では判りませんが、“らしさ”を見出してくれたとしたら、それは誠に嬉しい限りです。
Posted by 映太郎 at 2005年06月18日 02:40
映太郎さん、お久しぶりです。
また来てくださいませ〜。(無理強いしてどうも。)

私、変幻自在というか歯に衣着せないというか
(空気・・読んでないだろうな多分)
天然ですがそれなりになんとか8ヶ月続いております。
はじめた頃からすれば、随分文章が変わってしまいました。

人の目にどう映ってるか気にしていたら
とっくに閉じちゃってますね。(笑)
一方的にしゃべる・・実生活じゃできないのに。(笑)
ブログの自分のほうが正直で本心に近いかも。

映画のエントリを書くようになってからは
自分からやたらTBをとばすようになりました。
大概一人で見にいくので
「ね〜ね〜どうだった?」って
言える人がいっぱいいて、いろんな見方をしてて
それを見せてもらうのが今楽しいです。
Posted by Ageha at 2005年06月21日 18:20
agehaさん、毎度どうも!
“歯に衣着せぬ”…いいなぁその言葉。私はその言葉で何度職を失い、何人知人を失ったことか…。

まぁ空気も読めぬ人と読まぬ人が居ますからねぇ。読まぬようになったら怖いもの無しか怖いものになるかのどちらかですな。どちらにもなりたくありませんがねぇ。

トラピン送信で“ちょっとぉ…”と思うのは、コメント無しで闇雲に送るタイプでしょうか。気をつけないとただのブログ宣伝にしかみえませんからね。初めてのトラピンくらいはコメントを添えるのはマナーではないかと思います。
Posted by 映太郎 at 2005年06月25日 04:27
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Musical Baton
Excerpt: ミュージックバトン・・・少し前から流行っていたのは知っていた。先にSNSで貰ってしまったんだけど、Blogと切り分けしてる以上、別としてやってみようかな〜ってことであややさんからバトンをもらった。 ..
Weblog: Z@KaN
Tracked: 2005-06-24 00:02
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