短篇「彼岸のバス停」

2005年06月02日
「短篇修行」などとカテゴリを掲げてみたものの、一人で書いて一人で幾ら考えたところで、何が進歩しているのやら、まったくラチがあかない。“短篇修行”どころか“短篇ごっこ”のような気がしてくるわけで、今更ながらカテゴリー名を変えようかと悩み始めている。

まぁそのペン先を本格的に磨いている方がたにとっては、こんなモンにはごっこのごの字も見当たらないかも知れないだろうから、そのような方がたと無理に肩を並べようとは思っていない。

しかし、しかしである。一旦何か表現したいモノがふと沸きあがった時には、できれば誰かにうまく伝えたいと思うものである。 

つうことで、ふと浮かんだある風景を描いてみた。ただし、許されるはたったの千文字である。
 

  彼岸のバス停

 一年振りの改札を出ると、駅前の広場は優しい季節に包まれていた。
「暑さ寒さも彼岸までか――」
 まったくうまく言ったものだと感心しながら息子の上着を剥ぎ取ると、脱皮を終えた吾が五歳の成虫はバス停前のベンチにぷいっととまった。

 ベンチでは先客が羽を休めていた。まばゆい麻の上下に身を包み、杖の柄を両手で握る一人の紳士。その後姿にふと花柄の木彫りのループタイが目に浮かんだ。
「よく覚えてたなぁ、このベンチ」
「うん」
 去年と同じベンチに座る息子の頭を撫でながら、そっと麻の紳士の胸元を覗く。実直に天辺まで締められた花柄のタイが今年も光っていた。何年ぶりだろう。

 私はポケットからラミネートを出して子供に渡した。私のお手製ゲーム機が彼の最近のお気に入りである。画面も動かなければ音もしないその極薄ゲーム機を、息子はピコピコ言いながら操作しはじめた。その奇妙なおもちゃと息子の夢中な様に、麻の紳士が口を開いた。
「坊や、いいの持ってるねぇ」
 息子は返事もせずに熱中している。
「最新型のゲーム機をあんまり欲しがるもんでね、広告を切り抜いてラミネートしてやったんですよ。何でも彼んでも風呂に持ち込んじまうんで、これなら濡れても大丈夫ってね」
「ほー、お父さん考えましたな。よかったな坊や」
 時間が少しだけ止まったかのように、麻の紳士は息子の姿を眺め続けた。
「坊や、幾つだい?」
「五歳っ」
「そうか、五歳かぁ。そりゃよかった」
 顔も上げず答える息子に、紳士は満足そうな顔で頷いた。

 バスは思ったより早かった。
「お先に失礼しますね。バス、来ましたので――」
 ゲームに夢中の息子を急かした。
「おじいちゃんち行きのバス来たぞ」
「バス? 乗るの?」
「そうだよ。だからおじさんに挨拶しなさい」
「ばいばい、またね」
 紳士に手を振る息子に、ふと私は思い立ち彼に耳打ちをした。少し渋る小さな頭にもう一度耳打ちすると、かなり躊躇いながら麻の紳士に駆け寄った。
「おじさん、これあげる」
 紳士はラミネートの薄っぺらなゲーム機を手に戸惑いながら頭を下げた。私は息子を抱き上げながら紳士に声を掛けた。
「それなら雨に濡れても大丈夫ですよ」

 最後部の席に息子を座らせ振り返ると、すでに紳士のバスも後に止まっていた。ゲーム機をポケットにしまう彼の片手には、いつのまにか花束が握られている。扉の開いた寺町行きのバスに、麻の紳士はゆっくりと乗り込んだ。

映太郎

いやはや千文字、まったくもって難しい。

まぁ実際千文字どころか、文字をどれだけ使おうが難しいことには違いないのだが、いやはやまったく、まったくである。
posted at 2005/06/02 05:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 語部修行
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