不安多き「その手」の可能性

2005年06月01日
事実の点を結び延長線を引くと、未来の可能性が見えてくる。

■かつて“その手”の不安というもの
怪しいメールでも受け取らない限りは心配もなかった。

■その後“その手”の不安というもの
怪しいファイルでもDLしない限りは心配もなかった。

■だが今“その手”の不安というもの
怪しいサイトでも見ない限りは心配もないという。

■いつか“その手”の不安というもの
怪しいOSでも使用しないは限り心配はないと…、
いつかそう語られそうである。

その可能性とPL法の存在を思い返せば、ありとあらゆる所にこんな言葉が印刷される日も遠くないはずである。

「自己責任で使用して下さい!」
 
メールだろうと、ファイルだろうと、サイトだろうと、OSだろうと、それが怪しいか否かということを、我々はどうして知り得るのだろうか。ましてやその市場をほぼ独占するマイクロソフトがどれだけ怪しいかなんて、判ったところで今更どうすることもできない。

 これほど不誠実で
  欠陥だらけの商品も珍しい

こんなどうしようもない怒りが再び、いや再びどころか何度目かも覚えてないが、沸き起こったのは“とある記事”のせいである。



既存のシステムには必ず盲点があるもの。そんな盲点を発見した者のその後の行動は様々だが、中には必ず悪意を持ち合わせた者もいるということである。

HDD上のファイルを人質に
〜“身代金”要求する新手の攻撃〜
悪質なサイトを使ってユーザーのマシン上のファイルを暗号化してしまい、暗号を解除したければ金を払えと要求する新手の攻撃が報告されているという。セキュリティ企業の米Websenseが5月23日、攻撃の手口に関する情報を公開した。
(Yahoo/ITmediaエンタープライズ/2005/05/25 10:06)

株市場ルールの盲点を突いたホリエモンに悪意があったとは思わない。かつてのオリンピックで金メダルをゲットした鈴木大地氏のバサロ泳法も同様。ルールの隙間を見出したモノは、褒美は得ないが代わりに何か別のモノを得る。しかし直後には誰かがその抜け道を封じるものだ。鈴木大地氏登場以降背泳ぎのルールは改変されたらしいし、堀江貴文氏登場によって株市場のルール改変論議も巻き起こった。

だがそこに“悪意”の潜在する手口は、盲点を突いた“新手”と言われながらも“荒手”といった言葉が用いられる。

偽造カードによる預金詐取被害も、ある意味銀行の認証システムの盲点を突いたモノである。明らかな欠陥を指摘されその責任を問われ続けてきた銀行も、一転拒んできた補償を認める動きが見受けられている。

この構図、MS社のシステム上の欠陥とその盲点を突いた攻撃を受ける被害ユーザーの構図に似通っている。しかし一部の物分りの良い銀行のような動きを期待するユーザーはいるとは思えない。そんなユーザーの立場が理解できるならこんな欠陥だらけの商品は出荷しないはずだからである。悪意無きゆえ腹立たしいというのも複雑である。



頼りにならないMS社の代わりに私が頼りにしているそのソフトも、実は何をするにもまずその言葉を口にする。

 Spybot-Search & Destroy
  いわく「自己責任で使用して下さい!」

まったくその通り。そりゃ眞にゴモットモなことである。しかし今更ながら、どうしてこんな複雑な商品をパーソナル云々だのマイ何とかだのというモノをお手軽でお手頃などと世に売り出したのだ。自己責任なんて言葉において判断すれば、一体PCシステムを使う資格のある人間がどれほどいるのだろう。

 売る方も売る方なのか
  買う方も買う方なのか

いつ動かなくなるかと、いつもビクビクしながらPCを立ち上げる日々。そんな不安や不満を吹き消すかのような新しいバージョンの発表記事を見る度に、腹立たしさと微かな期待が入り混じる複雑な感覚を覚えさらに新たな腹立だしさが湧き上がる。

悪意に満ちたサイトを仕掛ける悪意に満ちた攻撃者の方がまだ許せるかも知れない。こんな商品を世界中に溢れさせその財布を溢れさせた世界一の大富豪B・G氏よりもよっぽど…。

ところで、冒頭で記した“その手”の可能性は、これからどこまで発展するのだろうか。実際の病原ウィルスと比較して考えれば、行き着く先は恐ろしい。

■かつての“その手”の不安というものが、怪しいメールでも受け取らない限りは心配する必要もなかったにも関わらず、しかし昨今“その手”の不安というものは、ネットに接続しない限りは心配する必要もないものとなりつつある。まぁそれを裏返してみれば、ネットに接続したら最後、すべてのPCが必ず感染するということでもある。

…こんな可能性が指摘される可能性というのも、考えるだけで恐ろしい。

実際の病原ウィルスの一部が空気感染によって伝染するように、ネットに接続しているだけで感染する新種の“その手”の魔の手が世界中に蔓延る日がいつ来てもおかしくない。病原ウィルスの場合、その伝染地域の空気を吸わなければ危険はなかったが、ネットの場合はみな同じ空気を吸っているのだから、ある意味防ぎようがないだろう。

あぁ、不安症はさらなる不安に不安が絶えない。かつて流行ったSF映画の邦題タイトルネーミングのような日も来るやも知れぬ。

その日世界中のPCが止まる。
「SF世界が止まる日」上映日は未定。
posted at 2005/06/01 08:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 電脳批評
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