短編『かばん』

2013年03月15日
 食堂を出ていつものカバン屋の前に差し掛かると、彼女は「ちょっとだけ見ていい?」と言って店頭のハンドバッグを物色しはじめた。
 駅へと続く地下通路に面した数坪の小さな店に、オール千円の張り紙がべたべたと貼られている。安物のバックばかりの店で、彼女は楽しそうに迷っている。
 
 地下通路の壁に寄りかかって彼女の後ろ姿を眺めながら、私は記憶のへりをぼーっと覗いていた。何年も前に職場で流行った心理クイズを誰かが頭の中で呟いている。

ーーあなたはカバンを持っています。それをどうしますか?
 カバンはパートナーを意味するのよ。ネタを仕入れてきた同僚が自慢気に語っていた。

 気が付けば彼女が目の前に立っていた。
「いいの、あった?」
「なかったわ、でも今すぐにでも買い替えたいのよ」
 クイズはもう必要なかった。
「いいの、見つかるといいね」
 僕らは駅に向かって歩き出した。
posted at 2013/03/15 15:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 語部修行
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