想像力に比例する恐怖の米国

2005年04月28日
どこかのお喋りなテレビ局が、アメリカのとある州での州法改正の話を伝えていた。なんでも危険を感じた瞬間、危害を加えるだろうと思われる相手を銃で殺してもよいというモノらしい。

例えば誰かが、近くにいる人がポケットに手を入れる行為を目にした時、「そのポケットには銃が入っており、その人はこれからその銃を取り出し、その銃を自分に向け構え、その銃の引き金を引くだろう」という想像が浮かんだとしたら、想像をした人はその人を殺しても正当防衛として見なされる。

そういう意味らしいがもしそんな社会になったら、そりゃこの上なく安全な社会になりそうである。だが本当にそんな社会になったら、ポケットのある服など着てられない。裸で歩くのが一番安全ではないか。

だがそれでは別の想像をかき立ててしまいそうで、結局引き篭もるしか生きていく道はなさそうだ。
 
あらゆる自由が保障されているお国なのだから、想像の自由もとっくに保障されていたはずだが、その自由な想像の産物と結果に対してまでも法律的に保障が加えられたということだろうか。

危険この上ないアメリカの
危険この上ないアメリカ流の
危険この上ないアメリカ勝手な
危険この上ないまさにアメリカ的正当防衛の理屈。


だが本当にそんな社会になったら、恐ろしいのは特に想像力豊かな人ということになりそうだ。作家の祝賀パーティーなんか恐ろしくて近づけない。同席する人々のポケットには想像だにできないネタが詰っているに違いないと誰かが想像し、あの作家ならあんな凶器を隠しているはずと誰もが詮索し始める。

映画制作者やアニメーターたちはもっと恐ろしいが彼らの想像力を持ち合わせていない我々には想像すら浮かばない。その手の制作関連の卵がウヨウヨウジャウジャ闊歩している秋葉原がどんな惨状になってしまうかなど、想像もしたくない。



どこかのお喋りなテレビ局が、アメリカの核開発についての話を伝えていた。

地下核施設を有する国に対抗する有効な手段として、新型ミサイルの開発を進めるべきだといった話だったが、力説していたのはラムズフェルド氏である。

まったく…。
ここ数年世界中の同盟国を巻き込み、あっちこっちで気に食わない相手を取り囲みいじめていたいじめっ子グループのリーダーはブッシュだろうと思っていたが、実際リーダーの肩書き背負わされていただけで、本当のリーダーはこの“お方”だったわけだ。

まったく…。
例えばアメリカが、近くにいる国がポケットに手を入れる行為を目にした時、「そのポケットには核が入っており、その国はこれからその核を取り出し、その核を自国に向け構え、その核のボタンを押すだろう」という想像が浮かんだとしたら、想像をしたアメリカはその国を攻撃しても正当防衛として見なされる。そういう意味だろ。

いまさらそんな理屈、法律にしなくたっていいではないか。ずっと前から大統領が率先して世界中に啓蒙運動してるだろう。

まったく…。
やりきれなくて想像するのも忌々しい。
posted at 2005/04/28 15:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 報道批評
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