天使が奏でるブグローな絵画

2005年04月26日
この古典的な一枚の絵画をネット上で見つけたのはもう随分前のことである。

Song of the Angels by W.A.Bouguereau天使の歌 ウィリアム・ブグロー
Song of the Angels W.A.Bouguereau

この絵がブラウザに描画された瞬間、その甘い色合いと包み込むような優しい世界観に一気に惹き込まれ、私は迷わずPCに保存した。以来ずっと大事に仕舞い込んでいたのだが、作者の名前は知らなかった。ふと思い出し、ファイル名を検索してみて初めて知った。

ウィリアム・ブグロー…、私はまったく知らなかった。そんな名前の画家がこんな絵を描いていたなんて。
 
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まぁ、まさしくその絵に魅了され惹き込まれたのだから、それが誰の作品だろうと大して関係はない。実際作者が有名画家だろうと名も無き素人だろうと、自分が気に入ったのだから自分にとっては名画である、などと考えていた。

というのも、実はこの絵を見つけたのは以前にもブログ(記事⇒リンク)で紹介したアメリカの画像投稿サイト(RANDOM IMAGE US⇒リンク)だったのだ。情報はファイル名以外に何もなかった。かなり絵の得意な趣味の画家かグラフィックスアーティストが自分の作品でも投稿したのかな…ぐらいにしか考えていなかった。だが、だがだが、そんなに有名なお方だったとは。

有名絵画を見抜く目など私は持ち合わせていない。その絵が良いか悪いか、その作家が巧いか下手かではなく、ただ単にそれが好きか嫌いか、そこに惹かれるか何も感じないか。基準はそれだけである。それは何も絵画には限らず、何かを鑑賞する際にはいつでも一番重要な基準となっている。ある意味そんな基準を用いていると、子供のお絵書き作品とダヴィンチの傑作絵画を同じテーブルで比べるなんてことにもなりかねない。

身勝手な私評も余計な薀蓄もいい加減にした方がよさそうだが、結局その作品に書き添えたいのはただ一言、「私はこの絵が好きである」。

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そう言ってしまえば全てが蛇足になってしまうが、ついでに全く関係無さそうな蛇足を一つ。父の話である。

某大手レコード会社に勤めていた父は、毎日クラシックを聞くことが仕事だった。仕事どころか普段もクラシックしか聞かなかった父なのだが、私が高校時代のある日ビートルズカセットテープ版全集ボックスを手に私に言った。

「俺はもう一通り聞いたから要らんけど、お前いるか?」

もちろん貰った。なにせ1970年代半ばの当時1万数千円はしただろう代物だったからである。嬉しそうに書斎に戻る父は、捨て台詞のように付け加えた。

「ジョージ・ハリスンもいいなぁ。ヤツは少なくともシューマンよりはよっぽどいい!」

クラシック以外には何にも聞かないと思っていた父親の意外な言葉だった。ジョージ・ハリスンとシューマンを比べて、ジョージを上に評価するのかよ、おいおい。

好みだけを物差しに子供とダヴィンチを並べる私とはだいぶ異なるが、考えてみればクラシックとポップスのその二人の作曲家を平然と同じテーブルで比較する父の基準もちょっと可笑しなものである。

その基準にちょっと驚き、何ものにも拘らないその姿勢に私はいつしか憧れていたのかも知れない。現在の私の基準など、父親のそれらを真似しているだけである。男の子なんてみなそんなモンであろう。

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名前やジャンルや世論や値段、その絵の額縁の外に書き添えられた文言や、レコードのライナーノーツに書いてありそうな小洒落たコメント。そんな言葉たちに拘らず惑わされずに色々な作品を鑑賞するということは、実は意外と難しいことでもある。

ちなみに…、
拘らない父はクラシックの古臭い論評を書いていた。人を惑わすライナーノーツを書き添えるのが仕事だったわけである。まったく批評家ってヤツは…人を惑わすヤヤコシクってヤッカイな人種である。
posted at 2005/04/26 07:47 | Comment(0) | TrackBack(1) | 絵本批評
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ブグローの官能の美の徒(ただ)ならず
Excerpt:  ブーグロー(Adolphe-William Bouguereau 1825??1
Weblog: 無精庵徒然草
Tracked: 2007-02-03 15:10
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