短篇「無題」

2005年04月25日
無題とは、題のないこと。

人の人生に題など存在しないものである。
2005年6月30日加筆前書き

 

  無題

 『部屋』に入り扉を閉めると、暗闇から声がした。

「ようこそ。まぁ掛けなさい」

 私は何かに座っていた。声の主は闇の中から語り始めた。

「どんな部屋かもわからずよく来たね、幾つも並んでいただろうに。ここは少々殺風景だけどそれなりに色や雰囲気だって無いわけでもないんだよ」

 色と色々言われたところで光すら感じられない。

「おや失礼、暗くて何も見えないんだね。目が慣れればそのうち見えるよ。不安だろうが安心してくれ、私は何もしないから」

 目が開いているのかさえわからない。闇は再び口を開いた。

「お気に入りの飲み物でも片手にお気に入りの部屋でのんびり寛ぐのはいいもんだろ。でもお気に入りがいつもあるとは限らない。部屋だって同じさ。自分で模様替えして満足していたはずの部屋がある日突然物足りなくなることだってあるだろう。部屋が勝手に変わるわけはないのに、何かがそっと変わってしまう。少しずつ、でも確実に何かは変わっていくものさ」

 頷きようにも声の主は見えなかった。話すらまったく見えてこない。

「なぜここを選んだのかな。きっとなんとなくだろう。
みな丁寧に選んでいるとは限らないからね。一度入れば元には戻れないし、誰かに交換してもらうわけにもいかない。次の部屋に入らないと今いる部屋を出られないってこともあるけど、大抵部屋の出口は一つだけ。そこが次の部屋の入り口なんてことばかりだよ。
 人はそんな部屋を幾つも幾つも通り抜けて行くのさ。部屋の中を想像したとして、その部屋が必ずしも想像通りとは限らない。気に入った部屋に入れることなどそう滅多にはないしね。でもそこがどんな部屋だろうと、そこを通り抜けないことには次の部屋には入れない。

部屋を覗いてから選ぶなんてできないからね。
 まったく人生なんてさ、本当思い通りには行かないものさ」


 目が慣れるとそこには何も無かった。家具も飾りも何ひとつ無い。声の主すら見えない。ただ一つだけそこにあるのは出口の扉だった。入り口の扉さえもう無かった。見えない話は再び語り始めた。

「いいかい、私も部屋もそろそろ消える。君は扉を開け次の部屋に入るだけのことさ。どんな部屋か楽しみだろう。例えその部屋がどんなに居心地が良かろうと、そこにずっと居ることもできないんだけどね」

 扉は開くが一体部屋を出るのか入るのか。思うや否や扉は消える。扉どころか、その部屋であるこの『部屋』すらも、この最後の句点とともに消えるのだ。

どんな世界かも知らずに人は頁を開き、そして再び現実の廊下に戻ってくる。

過ごした部屋の数ほど人は夢を見、そして読んだ頁の数ほど厚みが増していくのだろうか。本を読まない私など、どれほど薄い人間なのだろう。読んだ人ほどそれが見えるのではと思うと、今さらながら恥ずかしさを感じはじめた。
2005年6月30日加筆後書き
posted at 2005/04/25 07:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 語部修行
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