ルネ・マグリット『光の帝国』

2012年11月14日
 2012年11月某日、こんな絵葉書を投函す。


 
 
  光の帝国 ―The Empire of Light―
  ルネ・マグリッド Rene Magritte
  
 ルネ・フランソワ・ギスラン・マグリット
René François Ghislain Magritte,(1898年11月21日 -1967年8月15日)はベルギーのシュルレアリスムの画家。


 絵葉書を書くなんて、何十年ぶりだろう。
 


 どうしても感謝の想いを伝えたくて、ふとルーズリーフに挟まっていたお気に入りの絵葉書を目にし、そうか、絵葉書でも出してみようか、と思い立った。

 どうせ一週間もしないうちに確実に顔を合わせるのに、何処か、いても立ってもいられなくて一枚の絵葉書を選んだ。

 ルネ・マグリッド『光の帝国』

 どうせならと、渋谷のと或るお気に入りのカフェまで足を伸ばし、テーブルに座って顔なじみのギャルソンにホットコーヒーを注文し、絵葉書の絵をしばらく眺めてから裏返す。おもむろに真っ白な面に挨拶を書こうとして、はっとして一旦ペンを置く。
 そうだ、葉書ではなく絵葉書なのだから、宛先も同じ面に記すんだっけ…と、書き方まで忘れているほどしばらく絵葉書を書いていない事を思い知った。はて、絵葉書なんて書くのは何十年ぶりなのか。思い返してもまったく思い出せない。
 たしか最後に絵葉書を書いた時分、電子メールなどというシステムがまだ世に存在しなかった時代だとは思えても、そもそも電子メールなどが世に蔓延るずっと以前から郵便というものにさえ遠のいていたから、最後に記した絵葉書でさえあの時、かなり身構えて書いていた気はする。
 あれは携帯電話が蔓延ったせいだったかと考えて、いや携帯電話すらまだ噂さえもされていなかった時代だと思いなおす。ああ、私はどれほど文というシステムに縁遠い人間だったのかと、あらためて痛感する。

 小さなカップに角砂糖をひとつ落とし、その角砂糖が隠れるくらいにミルクを浸し、そこへポットからコーヒーを注ぐ。一口だけ口に含んでからあらためてペンを握る。さらにやや緊張を抱きながら。

 住所録を確かめながら宛先を書き込もうとして、はっとしてまたペンを引く。そうだ、切手を貼るんだっけ。左上の隅に切手をイメージしてやや右寄りにペンを構え、郵便番号から筆を走らせていく。緊張のせいかインクの筋が微かに震えていた。懐かしくも心地よき緊張。

 丁寧にゆっくりとペンを走らせながら、ふとどうして私はこんな事をしているのだろうかと、やや離れた所から観察している自分と対話していた。たぶんこの絵葉書が相手に届いた翌々日頃には顔を合わせるのが判っているのに、なんでまた私はこんな手間を掛けているのだろうかと、心の中で誰かがニヤついていた。いいんだよ、それで。それでもいち早く想いを伝えたいと私は想ったのだからと、私は私を優しく諭している。

――御礼にこの絵をお送りします。私の大好きなルネ・マグリッドの『光の帝国』という絵です。

 絵葉書というのはいいもんだ。ふとあらためて思い知る。好きな人に好きな絵を、一言を添えて差し上げるということ。ちょっとだけおこがましくも、この絵葉書を読み終えた相手が、壁にでもピンで貼ってくれるのを願って、最後に自分の名前を書き込んだ。

 いつだったか、どこでだったか、誰が云っていたのか、贈り物の意味についてもったいぶって語っていたのを思い出す。

 贈り物って、選ぶ時間からがもうすでに贈り物になってるんですよね。時間を掛けて相手が喜ぶ顔を想像しながら選び、決め、そして手に入れ、贈る時までそっと何処かに忍ばせ、そして贈る。

 私の場合、誰に出すというわけでもなく、大好きな絵が印刷された絵葉書を手に入れていつもノートに挟んでいて、それを選んでいるのだから、選ぶ時間は相手の為ではなかったけれど、でも手元に置いておきたかったそのお気に入りの一枚の絵を、相手に差し上げたいと思えたからこそその一枚を選んだのだった。だからこそわざわざ足を伸ばしてまでして、お気に入りのカフェで書いていたのかもしれない。

 書き終えた葉書をノートに挟み、ギャルソンに支払いをして席を立ち、カフェの目の前にある書店の店頭に並ぶ絵葉書のラックに歩み寄る。そこは例の絵葉書を購入したアート系の書店だった。
 やはり自分の為にもう一枚欲しいなと思って探すと、同じ絵はなかった。ん?、売り切れ? えっ、品揃えが変わった? あああ…。 

 二度と手に入らないならそれもそれで価値ある贈り物になるのだからと、自分に言い聞かせている自分が、それでもやはりもう一枚欲しかったなぁ…と、やや未練がましく店内を見渡してあきらめ、まったく別の一枚を手にレジに辿り着く。
 会計を済ませてもまだ未練は残り、ふと店員に尋ねると、「あぁ、展覧会に合わせて品揃えを変えるので、在庫にはまだあるかもしれませんよ」と笑った。
 
 私はほっと胸を撫で下ろし、在庫を引っ繰り返してくれたお礼がてらに、ルネ・マグリッドの別の絵も選んであらためて会計をしてもらう。

 一枚の絵葉書は150円。
 その価値が店の都合で一瞬上がったり、妙な気分で下がったりした数分の出来事だった。
posted at 2012/11/14 21:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 絵画批評
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