クリーブランド・エイモリー著『ニューヨーク・猫物語』

2012年11月05日
 2012年11月5日、こんな本を読んだ。

クリーブランド・エイモリー著『ニューヨーク・猫物語』/相原 真理子訳/二見書房/単行本/AMAZON

  
  ニューヨーク・猫物語
  〜THE CAT WHO CAME FOR CHRISTMAS〜

 クリーブランド・エイモリー著
 相原 真理子訳
 二見書房/単行本
 
「クリスマスイブに出会った猫」粉雪舞うクリスマスイブの夜。白猫のポーラーベアは、マンハッタンの路地裏で傷つき汚れ、それでも目だけは光らせて私を見つめていた。その夜から、私は猫に「飼われる」ことになった。そして10年……すべての猫に乾杯とつぶやきながら、今も私はポーラーベアと暮らしている。(裏表紙紹介)


 ロバート・A・ハインライン著『夏への扉』の続編を発見……といった趣。
 


 保護した猫を家に連れ帰ったその晩から、長年連れ添った愛猫のごとく語りかける描写に、あぁぁ、これは、『夏への扉』だぁ……と、古本屋でふと手に取った己の勘の良さに我ながら感心しつつも、そのセレンディピティに感謝。

 ジャンルも、設定も、時代背景も、二作品はすべてが異なるのだけれど、『夏への扉』の主人公が歳を経て発明家から作家へと転身して書いたといった雰囲気に懐かしき心地よさを覚えた。『夏への扉』での主人公と猫ピートとの会話に違和感を持たなかった人、いや違和感どころか何度も頷いた人なら必ずや楽しめる作品といえる。

 実際私も愛猫サスケが元気な頃は毎日真剣に語りかけたものだった。

  何が欲しいんだぃ?
  どうして食べてくれないんだ 
  この猫缶ってそんなにマズいのかぃ
  頼むからそんなにスネないでこっちへおいでよ
  なぁ、なんでまたあの日私のトコに来てくれたんだぃ、

 作者自身も書いているけれど、動物の登場する作品というのは決まって出会いに始まり別れで終わるものとはいえ、この作品ではそんな心配はなかった。……のだけれど、ふと語りかけている彼自身の描写と、じっと黙って聞いている彼ポーラーベアの描写が、いつかの自分と彼(我が愛猫サスケ)の姿と重なり、途中何でもない部分でふと本を閉じてしまった。
 ふむ、別れを描かずにそのいつかを書いてみるのも悪くないな……と、あらためて思った。

 後半、彼の活動の一部として登場するシーシェパードの、アザラシ猟やクジラ漁への妨害活動に関する記述には若干の抵抗を感じるものの、そこはあえて目をつぶり満足して読み終える。

 あぁ、やっぱ、猫が飼いたい。
 いや、やっぱまた、猫に飼われたい。

201211011024-201211051301
posted at 2012/11/05 13:01 | Comment(2) | TrackBack(0) | 書籍批評
この記事へのコメント
コメントいつもありがとうございます。
しかし、現在は全く健康なので(精神的には不健康かも知れませんが)。
書き方が現在っぽかったのがいけませんでしたかね。
とりあえず、ありがとうございましたー。
Posted by 病人 at 2012年11月07日 23:42
 あらま、残念、いやいや良かった……(:ーー)

  身は病み思索は止まず

 眠くもないのに伏せってると、色々詩案が浮かんだだろうにねぇ、それだけは或る意味残念かと。
Posted by 映太郎 at 2012年11月07日 23:54
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