ちびくろさんぼと日雇い人夫

2005年04月14日
見当ハズレな“差別”意識のヤリ玉に上がったあの作品がまもなく帰ってくることをTVが伝えていた。細かいあらすじまでは覚えていないが、トラとバターのエピソードはとてもユニークでしっかりと記憶に残っている。

誰かが危惧した黒人に対する潜在的な差別意識というものが、あの話を読んだ私にも植えつけられているのだろうか。

ちびくろ・さんぼちびくろ・さんぼ
ヘレン・バンナーマン(著)
フランク・ドビアス(絵)
光吉夏弥(訳)

可愛く賢いさんぼと散歩中に出逢ったトラたちのお話

ある日突然“差別意識”という言葉が現れこの絵本を絶版へ追い込んだらしいが、“真っ黒な消臭剤を真っ黒な体操選手で面白可笑しく表現した真っ黒なCF”を思い出す。あの作品をCM放映したエステー化学のブラックさの方がよっぽど差別意識を感じる。
 
 ちびくろ・さんぼ復刊へ
東京の出版社が4月に  黒人差別を助長するとの抗議を受け、1988年に絶版となった岩波書店発行のロングセラー絵本「ちびくろ・さんぼ」(フランク・ドビアス絵、光吉夏弥訳)が別の出版社から4月上旬に復刊されることが3日、分かった。新しい版元となる「瑞雲舎」(東京都港区、井上富雄社長)には書店からの注文が相次いでいるという。
 「ちびくろ・さんぼ」は、英国人女性ヘレン・バンナーマンさんがインド滞在中に執筆し、19世紀末に英国で出版。黒人の子どもが散歩中にトラに遭遇し、衣服を奪われるが、機転を利かせて取り戻す話。岩波版は53年初版、100万部以上売れた。ほかにも20社以上の版元から翻訳本が出版されていた。
しかし「米国では『さんぼ』は黒人への蔑称(べっしょう)」などと市民団体などからの指摘を受け、岩波書店は同書を絶版に。90年代にかけ、同書を出版していた日本のすべての出版社も絶版にした。
(Yahoo/共同通信-2005/03/03-11:59)

相次いでいる注文の主とは、幼い頃この絵本を何度も読み楽しんだ世代であり、今どうして子供に読ませられないのだろうと嘆いていた親たちだろう。あの絵本を愛していた人々である。

こ記事を扱ったTV番組は、その100万部という数字が当時異例だったことを添えている。同世代では知らない人がほとんどいないことを考えると納得できる数字である。愛する人々もかなりの数字と言える。



何んでも彼んでも「差別だ!差別だ!」という人がいる。そんなメクラメッポウな言葉で消え去った文化文学作品もかなりあるらしい。文学作品には縁遠い私がまず思い出すのは、アニメや映画の物語である。

◆「釣りキチ三平」
釣り好きの三平の物語「釣りキチ三平」はある頃から姿を隠した。「気違い」という言葉が誰かの逆鱗に触れたのか、自主規制したのか、削除するにもタイトルではどうしようもなかったらしい。釣り馬鹿という新たな代名詞が現れたのはその頃だろうか。

◆「ノートルダムのせむし男」
教会の上に目立たぬように暮らしていた背の曲がった優しい男と彼に慕い愛された女性の物語。子供ながらにそのひたむきで報われぬ愛には感動した。見当違いな差別を受ける姿を描いた表現でさえ差別的と判断されてしまうらしい。

◆「ヨイトマケの唄」
「父ちゃんのためならエンヤコ〜ラ♪ 母ちゃんのためならエンヤコ〜ラ♪ もひとつおまけにエンヤコ〜ラ♪」と、美輪明宏が力強く歌う「ヨイトマケの唄」は職業差別という意味である頃から放送禁止となったらしい。先日放送された番組で美輪明宏自身がこの曲について語っていたが、NHKだけがなぜか放送禁止扱いにしなかったのが意外だったという意外な話をしていた。

それぞれに理由や立場、表現方法に違いはあれど、修正や削除を強いられた作品郡それ自体に実は差別意識はなく、結局観る者の意識の違いであるように思える。

◆「巨人の星」
そう、そして「巨人の星」である。差別的表現を考える時、私にはこのアニメのワンシーンがまず浮かぶ。スポ根アニメの名作「巨人の星」、その中にはある有名な台詞が存在する。いや今発売されているDVDには存在するのだろうか。所蔵していないので私は知らない。

星飛由馬が星雲高校を受験する際、面接に居並ぶPTA会長や面接官の前で父親の職業について説明するシーン。

巨人の星飛由馬のみすぼらしい学生服を舐めるように見る面接官の一人が彼に尋ねる。

「お父さんのご職業は何だね?」
「父ちゃんは、父ちゃんは、…」
その場の辛辣な空気を感じた飛由馬は一瞬躊躇うが、埃にまみれて働く父の姿を思い出した彼は自分の中の父への誇りを確信し、やがて大きな声で叫ぶ。
「父ちゃんは、
  日本一の日雇い人夫です!」

いつの頃からかこのシーン、この台詞の瞬間音は途切れている。

「父ちゃんは…、
  日本一の○○○○○です!」

音声を削除された沈黙の台詞では、飛由馬が父をどれだけ誇りにしているかが伝わってこない。

あのシーンのあの台詞は「巨人の星」という作品の中でもかなり重要な意味を持っている。しかしその表面的な処理にはそんなことお構いなしという幼稚さが感じられる。リストアップされた言葉を探し出し、端から一つひとつ塗りつぶしていくような安易さしか見えてこない。

一体「日雇い人夫」という言葉のどこがいけないのだ?
私には理解できない。


話が重過ぎるのでまったく関係ない余談を一つ。

 ツァラトゥストラはかく語りき

映画「2001年宇宙の旅」に刺激されシュトラウスの音楽にも刺激され、やがて若い頃の私が辿り着いたニーチェ著のその偉く難しい本のタイトルは、いつの頃からかコソコソと現代表記に変わっていた。

ツァラトゥストラはこう言ったツァラトゥストラはこう言った
ニーチェ(著)
氷上 英広(訳)

その日本語表現が現代の表記として適さないというなら、なんで私達は古文や漢文なんて授業をあれほど受けさせられたのだろう。完全な現代的日本語表記に訳された徒然草や万葉集を国語の教材に使ってくれたら、中学高校時代はどれほど楽だったものか。単なるひとつの文学作品としてその内容を学ぶため、現代国語一つで済んだではないか。



重苦しい話題に戻る。客商売を勤めていた私はある頃からかなり気になっている言葉がある。

 シンちゃん

「クレヨンしんちゃん」の「しんちゃん」ではない。身体障害者を意味する言葉である。身体障害者という言葉が言い難いのか、どうも一部の人々が身体障害者のことを「シンちゃん」と呼んでいるのをよく耳にする。

体の不具合や欠損を意味する多くの言葉たちが消えて以来、体に何らかの障害を持つ人をみな身体障害者と呼ぶ。だが、教え方が悪かったのか引継ぎがうまくいかなかったのか、その「身体障害者」という代わりの言葉にまでも、差別的な雰囲気を感じ後ろめたさを覚え、人前では使おうとしない人々がいるようである。

彼らは笑いながらその対象の人々を「シンちゃん」と呼ぶ。

めくら、つんぼ、おし、びっこ、ちんば、かたわ…。これらの使ってはいけないとされた言葉たちと、まだ誰もとやかく問い正さない「シンちゃん」という言葉、どちらがどれだけ差別的な言葉なのか、考えれば一目瞭然である。結局その言葉を使う人間の使い方次第ではないか。

人がある人に対し、その人の名前以外の言葉、それも身体的な特徴を呼称として使用した時、その言葉はどんな一般的な美しい言葉だとしても差別的に成りうるし、逆もまたありえるのだ。そんな意識が消えない限り、その意識をまとった言葉を一々塗りつぶし削除したって無駄である。

筆者が以前花屋を営んでいる頃の話、ある年配の女性客と世間話をしていると彼女がおもむろに言った。

「あんた…、お坊っちゃんだね!」

そのありきたりの坊ちゃんという言葉に、「お」が付き、そして彼女のイヤらしい決め付けの想いが着せらたのを感じた時、私はそんな言葉でさえ差別的にも使えるものだと感心した。人を呼ぶ際、名前以外のある特徴を呼称名詞として使った時、その言葉は差別的になりうるのだ。着せられる感情が消えない限り、差別的表現など無限に存在する。削除したって無駄であろう。



アマゾンサイトを開きながら原稿を書いていると、お節介なプログラムは「ちびくろさんぼ」のある修正訂正された作品をページの片隅に意味深に表示してくれた。

トラのバターのパンケーキ―ババジくんのおはなしトラのバターのパンケーキ
―ババジくんのおはなし―
ヘレン・バンナーマン(著)
フレッド・マルチェリーノ(絵)
せなあいこ(訳)

この本では登場人物に伝統的なインドの名前をつけました。

小さく表示された表紙にデザインされた子供の肌の色はどことなく明るくなり、以前の「ちびくろ・さんぼ」に描かれていた真っ黒な肌は修正されている。そんな肌の色の人間など地球上には存在しないのだと言っているような修正に、私は寒気を感じた。

だが作者名を見て驚いた。「ちびくろ・さんぼ」の作者本人が新たに作り直したと知るとなんだか力が抜けてくる。「サンボ」という名前についての説明を読むと、その名前が周囲の人間から押し付けられた呼称であり、やはり使ってはいけないモノなのかと思えてきた。

問題はそう簡単に批評できるものではなさそうだ。私的な批評であっても何ひとつ結論は出てこない。
posted at 2005/04/14 07:58 | Comment(0) | TrackBack(2) | 絵本批評
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