忘却のパヴァーヌ

2012年09月22日
 悲しい話を聞いた。
 晩年記憶に障害を負ってしまった作曲家が、自らの作品を耳にしてふと呟いたという。
「素晴らしい曲だね。誰が書いた曲だろうか」



 誰か、その曲の作者を彼に優しく教えてあげただろうか。以前から好きだったモーリス・ラヴェルの『亡き王女のパヴァーヌ』。

  
「ボレロ」や「展覧会の絵」をタイトルとするアルバムを買うと、録音時間の穴埋めにかよくその曲が挿入されていた。そのせいかこの「亡き王女のパヴァーヌ」も、結局は何度も耳にしていたけれど、作曲家のそんな言葉をいざ知ってしまうと、この曲を聴く度にその悲しき情景を思い描いてしまう。
 とはいえ、実は悲しいと思うのは我々だけで、もしや彼は自らの作品を、まさに純粋な気持ちで、何度も楽しめたのかも知れない。

「素晴らしい曲だね。誰が書いた曲だろうか」
「そうですね、素晴らしい曲ですね。きっと素晴らしい作曲家が作ってくれたんだと思いますよ、ムッシュ・ラヴェル」

 もし彼に会えたなら、そんな言葉を掛けてあげたいけれど、ふと自分ならどう思うのだろうかと考えてみた。いつか、己の記憶もすっかりあやふやになり、何もかも判らなくなってしまう時がいつしか訪れて、そしてその時になって自分の文章を読むことができたなら、自分は一体どんな印象を持つのだろうか。自信を持って書き上げたものを、十年後、二十年後、そして三十年後に、何もかも忘れて読んだなら。
posted at 2012/09/22 05:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 語部修行
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