短篇「調味料」

2005年04月05日
“食物”としてではなく、“料理”としての食事に最も必要とされる“調味料”も、素材が無ければ意味がない。だが時に“調理法”や“調味料”こそはじめに在りきなどと、錯覚を楽しむ人々が見られる。

ある投稿サイトにて出合った方の台詞。
「ルビをたっぷり振って書いてみました…^^)」

某短短サイトのそんな人々に疑問を感じた瞬間ふと湧き上がった皮肉のプロットを、自分のイヤミな性格を楽しみながら文章にしてみた。

すべての作品のキッカケなんてモノは、実はそんなモンなのではと思っている。
2005年6月30日加筆前書き

 

  調味料

 青年はSF作家を目指していた。
 今まで読み漁った外国のSF作品は、もう十分頭の中に染み付いている。日本人による日本語で書かれた日本のサイエンスフィクションの名作を書き上げるのが彼の夢だった。

 だが青年は自分の作品が満足できなかった。いくら売れようがいくら評価されようが一向に十分な満足感を得られなかった。日々SFを書き続けるが、いくら書いても一向に満足には至らなかった。
「何かが、足りない…」
 青年はあらゆる手を尽くし、あらゆる設定を考え、そしてあらゆるタイプのSFを書き上げた。大家と呼ばれる外国人のSF作家の作品と自分の作品に何の違いがあるのだろうか。彼はその人生をSF執筆に捧げた。

* * *

 年月はショートショートのように一瞬に過ぎ去った。青年は白髪に白い髭をたっぷり蓄えすでに老作家になっていた。日本人SF作家の大家として、そして日本人SF作家の最長老として、自分のベストセラーに囲まれている。しかし、彼はいまだ満足していなかった。
「やはり何かが、足りない…」

 ある日老作家は、今までお手伝いに任せっきりで入ったこともなかった自分の邸宅のキッチンに迷い込んだ。だだっ広いキッチンに見慣れぬ瓶が並んでいる。見たこともない皿、グラス、コップ、鍋、そして何だか想像もつかない缶詰、飲んだ覚えもない酒、初めて聞く名前の調味料。すべてが輸入雑貨店のように整然と並んでいた。

 彼はその一番奥に隠れた、一瓶の調味料を手に取った。そのラベルに書かれた名前とそこに振られたルビを読むと彼は叫んだ。
「これだっ! これだったんだぁ!」
 彼はそう叫ぶや否や、その調味料を握り書斎に走った。杖を取るのも忘れ、書斎のある二階へと駆け上がり、慣れ親しんだ書斎の扉を開けた。

* * *

 息を切らせ重厚で巨大なデスクの前にたどり着くと、SFを初めて読んだ少年のような無邪気な瞳で自分の原稿を見下ろした。デビューしたての青年のような期待に満ちた顔でその調味料を開けると、彼はおもむろに書きかけの原稿用紙に振りかけ始めた。
「はははははっ、これだ! これだったんだ!」
高く大きな笑い声が止むと、「どすん」と鈍い音が一度だけ邸宅に響いた。笑い声はそれっきり聞こえなくなった。
 彼が長年過ごした静かな書斎は、再び音を失った。

 分厚いカーペットに横たわる老作家の手元には、調味料の小瓶が転がっていた。ラベルには「極上ルビ」と書かれている。小さなラベルのさらにその片隅に、小さな小さな注意書きが添えられていた。
「ご注意…振り過ぎにはご注意ください! あなたのセンスを損なう恐れがあります」

* * *

「よみがな」とルビの振られた調味料の小瓶の傍らで、彼は息を引き取った。
満足そうな笑みを浮かべて…。

作品のキッカケをくれた人に感謝しつつ彼の口調を借りれば、
「皮肉をたっぷり煮詰めて書いてみました…^^)」ってなところだろうか。

それがどんな感情だろうと、何かを湧き上がらせた彼の文章は私には読んだ甲斐があったということである。皮肉にも誠に皮肉なことである。
2005年6月30日加筆後書き
posted at 2005/04/05 00:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 語部修行
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