短編「住職と葬儀屋」

2005年03月30日
念のため。
一応完全にフィクションである。

だがこんな前書き、書けば書くほどそうには思えなくなりそうである。そんなことを気にしている素振りすら、誤解を招きそうであった。

だからさらに念のため。
これは完全にフィクションである。
 

  住職と葬儀屋
 
 私は腕時計を確かめた。駅を出てかれこれ二十分ほど歩いているが、肝心なお寺が一向に見つからなかった。私は目当てのお寺のかわりに一軒のコンビニを見つけ、道を尋ねがてら一服することにした。だれもいない店内をぐるっと周り缶コーヒーをレジに置くと、店の奥から二十代半ば位の女性店員が現れた。

 スーツのポケットから五百円玉を出しながら、私はさっそく道を尋ねた。
「すぐ飲むから袋いいよ。代わりに道教えてくれないかな? 映像寺ってこの近く?」
女性はレジを打ちながら答えた。
「隣の幼稚園の角を曲がれば…あっ」
「あぁっ」私は目の前に立ちつくす女性店員の顔を見て固まった。
「ドクターさんじゃない。たしか赤坂の病院だかのお医者さんでしたっけ、ドクターさん」
どうみてもドクターに見えない紺のスーツで、嘘は一瞬にしてばれていた。
「あああ…、昨日はどうも…今日はフライトじゃなくてレジ打ちなんだね、スッチーさん」
私はレジ台の向こうの嘘を指摘し、ちょっと意地悪く仕返しした。
「いえ、まぁ色々とね、色々あるのよ。で、ドクターさんはこんな所で手術でも?」
「いや、まぁ、色々とね、営業ってとこかな」

 ちょっと気まずくて、だんだん恥ずかしくなり、そのうちなんだか可笑しくなり、それ以上無駄な嘘も言い分けも馬鹿らしくなってきた。まさか初めての合コン相手とこんなところで出会い、あっけなく嘘がばれるなんて、実際お互い様なのだがまったくバツが悪い。前日の慣れない席での会話をまったく覚えていないのが余計こっ恥ずかしく、適当にうわべの社交辞令でごまかし私は慌てて店を逃げ出した。

 コーヒーを一気に飲み干した。コンビニの看板を見上げると、見慣れた色合いの中に聞いたこともない名前が書かれている。コンビニだと思って入った店は、ちょっと小奇麗なただの酒屋だった。店員がスッチーのモドキなら、お店自体もコンビニのモドキだったわけだ。私は煙草に火をつけた。

 何でも屋のような派遣会社に登録して半年、日々様々なところに出向き、あちこちのコンビニ前で一服する機会が多くなったが、どんな店だろうとトイレと灰皿を提供してくれる場所は都会のオアシスである。だがそんなオアシスでも恐ろしいことがあるものだ。やはり嘘はつけない。ドクターなどと名乗った前日を後悔した。病院に出入りはするものの、ドクターのアフターケアでしかない葬儀屋。その葬儀屋のサポーター、葬儀屋のモドキの葬祭専門派遣社員は、出向いた先の葬儀社社員の完全なるモドキになりきる。よくよく考えてみれば、私は日々異なる嘘をまとって仕事をしているわけだ。ある意味嘘がつけなくては仕事にならない。私は煙草を消し、私は腕時計をもう一度確かめた。約束の時間にはまだ三十分ほどある。ネクタイを軽く締めなおし、寺の方へと歩き出した。幼稚園の角を曲がると古く大きな山門が現れた。

  * * * * *

 山門の下で大げさに一礼し、心の中で「失礼します」と挨拶した。誰がどこで見て居るかわからない。いつのころからか自然と癖になっていた。ゆっくり寺に入ると、静かな敷地にどこからともなくハサミの音が響いてきた。チョキンチョキンと、庭の奥で植木屋が庭木の手入れをしている。「じいさん、ハシゴから落ちんなよ」心の中で声を掛け、古い本堂の近くまで来ると、作業着の男が現れた。さて、今日の派遣先の葬儀社の社長はどんな人間だろうか。少し緊張し恐る恐る、でも無理に気合を入れて声を掛けた。
「こんにちはっ、よろしくお願いしますっ」
少しわざとらしいほどに体育会系のノリで挨拶すると、社長らしい男はにこにこ笑いながら近づいてきた。
「早いね。君は…、今日の派遣の方?」
腕時計を見ながら尋ねる社長はやけにニコニコしている。
「えぇ、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく頼むよ。長いの、この仕事?」
「いや、半年ほどですが…」
「まだ半年かぁ…。どう? もう慣れた?」
「いやぁ、色々と覚えることが多くって、まだまだってとこでしょうか」
「そっか、まぁ頑張って」
優しそうな顔立ちと柔らかな物腰にちょっとほっとし、私は少し力を抜いて尋ねた。
「で、今日は何をすればよろしいんでしょうか?」
「まぁそんなに慌てずに、ちょっとそこへ座ろうか。まだ約束の時間にもなってないんだし」社長はそう言いながら本堂の正面に歩き出した。
「はい」勧められるまま、私は社長と並んで本堂前の階段に腰掛けた。
「まぁ色々大変だろうけどさ、少しずつ覚えるさ。結局そんな細かいことよりさ、基本は挨拶だから。挨拶一つで意外とわかるもんだよ。挨拶一つまともにできない奴はね、そいつがどんなに仕事ができたって、一緒に仕事したくないもんだし、挨拶一つで信頼できればさ、少しくらい仕事が下手でも何か失敗したとしても、気にならないもんだよ。誰彼となくきちんと丁寧に挨拶しとけば損はないはずさ」
「そうですかねぇ」
「あぁそういうもんさ。とにかく仕事先に出向いたら、例えば今日みたいなお寺だったらな、誰だろうとその寺の檀家さんかも知れないって考えてきちんと挨拶しときなさい。もしかしたらそこの大事な檀家さんかも知れないしな、生意気な子供が遊んでたって住職の可愛い二代目かも知れないし、寺の中だろうと外だろうと近所のコンビニだろうとな、お寺の墓参りに来た檀家さんかも知れないし、散歩してたり買い物してたりコンビニで立ち読みしてることだってあるかも知れないだろ。近所にいる人間はすべてその寺の関係者だと思ってきちんと挨拶しときなさい。まぁ寺の外で挨拶までしなくてもいいが、下手なことはできないもんだよ。寺の庭いじりしてた年寄りをジジイ呼ばわりして出入り禁止になった葬儀屋の社長もいるし、近所のコンビニのレジで割り込んだオバハンにらみつけたらそれが住職の奥さんで、後々散々いじめられたなんて葬儀屋の若造だっているんだよ。覚えといた方がいいよ」
社長の柔らかい口調に、緊張が緩んでいく。
「あのー、仕事に掛からないんですか?」
「いや、どうせトラック部隊が道具持って来ないと仕事にならないんだよ。多分そろそろ来るはずだよ。高校球児みたいな新入社員の若造連れてさ、はげ頭の番頭がやってくる来るから」

  * * * * *

 しばらくすると、薄汚い幌を張ったトラックが脇の通用口から入ってきた。どこかの住職のような見事なつるっぱげの番頭らしき中年の男が、車をどこへ駐車しようか迷っている。その横で坊主頭の若造とおぼしき若い新入社員がこちらをうかがっていた。
「あの方が番頭さんですか、なんだか住職みたいですね」
「そうか? あいつが住職に見えるかぁ」
私の言葉がどこかにハマってしまったのか、社長はちょっと大げさに笑い出した。

 坊主頭の番頭がすっ飛んできた。高校球児もどきの新入社員は、さっきのコンビニで買ったらしい缶コーヒーが沢山入った袋を持っている。
「いやあスイマセン遅れちゃって。ちょっとコンビニで長くなっちゃって」
番頭が笑いながら言い分けを始めると、社長は番頭に答えた。
「社長、植木屋に挨拶しなくていいのかい?」
番頭は一瞬びくっと首をすくめ、周りを見渡している。
「あっ、いらっしゃったんですね。ちょっと挨拶してきます」
番頭の驚き以上に、私は頭が真っ白になった。番頭?は、庭の奥でハシゴに上ってチョキチョキとハサミを鳴らす植木屋の方へ慌てて走り、ハシゴの下からぺこぺこと何度も頭を下げている。あの頭を下げているのは、番頭…ではなく、社長なのか? ってことは、あの植木屋はもしや…。私は不安になってきた。

 自分があの植木屋にかけた言葉を思い返した。こんちはだったかな、いやこんにちはだったかな、いやそもそも挨拶をちゃんとしたっけなと不安は膨らんでいく。ジジイって言ったっけかな、いやジイサンだったかな、考えてみれば聞こえているはずがないのに、不安はどんどん膨らんだ。同時に新たな不安が湧き始めた。まだ並んで横に座っているこの人は一体誰なのだろうか。まだはっきり確かめていないことに気がつき、私は慌てて立ち上がった。
「あのー、あのお方がご住職だったんですね。私も挨拶にいったほうがいいんでしょうか?」
「さっき山門でちゃんと挨拶してただろ。だったらいいんじゃないかな」
高校球児が缶コーヒーを差し出しながら、まだ座っている社長だった誰かに言った。
「今夜の読経はどうしますか?」
「一応私のつもりだよ」
そう言いながら社長は、…いや横に座る住職は私の顔を見てニヤリと笑った。私は再び頭が真っ白になった。
「今夜は、お前やってみるか?」
「…(えええぇぇ?)」
私は再び、頭の中が真っ白になった。住職が私を見ながら笑っている。さすがにその笑いがだんだん憎たらしく感じはじめ、ちょっとだけ腹立たしさを込め半ばやけ気味に住職に言った。
「もう、勘弁してくださいよ。一体誰が誰なのか、ずるいですよ住職」
「いやぁ悪かった悪かった、ちょっとからかっただけなんだが、君があまりに真剣だからさ、調子に乗ってしまってな。で、今日は一体何日だっけ」
「一日です。四月の、あっ…。そんなぁ」
「さて、掃除でもするか」
住職と若住職は庫裏の玄関へと歩き出した。

  * * * * *

 番頭いや社長が、植木屋じゃなくて大住職の方から戻ってきた。私は確かめた。
「あのー、社長さんですね」
「えぇ私が社長ですが、君はもしかして今日の派遣さんだね?」
「はい、よろしくお願いします。で、本当に社長さんですよね」
「ははは、本当に社長だよ。まぁうちの会社は私だけみたいなんでね、社長には違いないんだけどなんでもするんだ。いつものバイトさんがふさがっててね、それでお宅の会社に電話したんだけど、君今日が初めてだよね。もしかして住職に担がれた?」
「えぇ、思いっきりやられました」
「やっぱりね、さっき携帯で冗談で言ってたんだけど本当にやるとはね」
「で、あの植木屋さんのような方はもしかして大住職ですか?」
「そう、もうほとんどさっきの住職にまかせてるんだけどさ、ああして見張ってるわけよ。大住職に住職に若住職、ややこしいでしょ」
「ええ、だんだんわかってきましたけどね」
「ところで、僕のことは番頭って呼んでたでしょ。実際つい先日まで番頭だったんだけどさ、社長が亡くなってね、今は私が雇われ社長なんだよ。ここのお寺も古い付き合いなんでね、人が足りないからもうできないって断ってもさ、住職が息子さんに手伝わせてまでうちに頼むって言ってくれるんですよ。今朝も積み込み手伝ってもらってたんですよ」
「あぁ、それで若住職が一緒だったんですね」
「それよりさ、まだ仕事もしてないのに変な話だけど、また仕事入ったら頼んでいいかな、住職にかなり気に入られたようだし…」
「そりゃ構いませんけど…」私は携帯の番号を見せた。社長は携帯に番号を打ち込みながら続けた。
「でもいい住職だよ、人をみる目は確かだしね。たまに切れると手が出るけどね。派遣さんによってさ、態度が気に入らないと担ぐどころか、式の直前だろうが平気で追い返しちゃうんだよ。まぁその度に息子さんが担ぎ出されて片付け手伝わされるハメになるんだけどね、可哀そうに。住職の娘さんまで手伝わされることだってあんだよ。なんだか物頼みにくくてさ、こっちはよっぽど気を使って疲れるんだけどね」

 私はその日二本目の缶コーヒーをなんとか飲み終えた。
「それにしても今日の住職は機嫌よかったな。一度どこかの派遣さんがさ、娘さんのこと派遣の女の子だと思ってナンパしちゃったらさ、住職がぶち切れちゃってさ。大変だったんだよ」
「ナンパ? 住職の娘さんて…可愛いんですか」
「べっぴんさんだよ、さっきも買い物がてら挨拶してきたけどね」
「えっ?」
「昼間はそこのコンビニ手伝ってんだよ、ここ来る時に店の前通らなかった?」
私は再び頭の中が真っ白になった。

一応念のため繰り返しておくが、これは完全にフィクションである。さらに念のため。
posted at 2005/03/30 08:57 | Comment(2) | TrackBack(0) | 語部修行
この記事へのコメント
・・・長いっすか?
ブログで読むには長いかもしれないけど、
おもしろかったですよ。
いや〜目に浮かぶようなノンフィクション(笑)。
繰り返すとアヤシイとか思いますよん。

挨拶ですか・・してるようでしてないかもね。
乱視で近視なもので何気に知り合いに見えると
念のために会釈はしますが・・?
かと思ったら、ゴキゲンで歌いながら歩いてたら
あとで「全然気づいてくれんかったでしょ」って
赤面することも・・。いやはや・・。

誰がどこで見てるかわかんない・・ってのは
ブログもそうですよん。
なんてことになると、言葉もまた選ばないと
いけないのかも。気にしすぎると書けませんけど。
Posted by Ageha at 2005年04月01日 01:05
Agehaさん、たびたびどうも!
文章読むのは本当に苦手なくせに、いざ書き出すと結構だらだらと長くなっちゃうんですね。自分の事棚の奥にしまいこんで、世間に説教したい事や、ぶちまけたい薀蓄もどきの話がいっぱいあるんですが、それらを一つの物語にまとめようとするとやはり身の程を感じます。

本など全く読まず、ナノサイズのボキャブラリーしか持ち合わせてないのに、作家などという職業に憧れるってのも、ほんと恐ろしい身の程知らずとしかいえません。
Posted by 映太郎 at 2005年04月01日 01:54
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