短篇「行き場なき弁当の行き場」

2005年03月02日
2005年6月3日加筆

この記事を書いた頃には実は「短篇修行」なるカテゴリーをまだ設けていなかった。しかしその後カテゴリーを増やし短篇らしきモノを書き始めたキッカケとなった記事でもあるため、この記事はやはりこちらのカテゴリーに移すことにした。

書いてあることはすべて事実である。だがそのスタイルは一つの短篇風なモノを思い描きながら書いてみた。事実を記したものが一体短篇と呼べるものなのかは私には判断できないが、やはり一つの短篇作品として分類しておきたくなった。 
 

  行き場なき弁当の行き場

 営業先の小さな会社で、残業代代わりの弁当を貰い事務所を後にすると、先輩はさらりと私に言った。

「要らないなら駅のゴミ箱に捨てればいいんですよ。」
「そりゃそうですけど…」

 無理に反論はしなかった。反論したところで、どうせ会話はそれ以上発展しないことはわかりきっていた。
 
 事務所でむりやり渡された紙袋を手に、寡黙なスーツの男が二人夕方の商店街を駅に向かって並んで歩いて行く。賑やかになり始めた通りとは裏腹に両手と口はずっと塞がったままだった。たかだか弁当とはいえ、ただでさえ重い営業バッグに袋が一つ増えるというのは、疲れた体には余計なお荷物でしかなかった。付き合いの薄い先輩とそれ以上薄っぺらな会話をする気力など、もうどこにも残っていない。最寄駅の改札でよそよそしく挨拶し別れるまで、二人の会話は結局その二言だけだった。

「それじゃ失礼…」
「ええ、それじゃ…」

 さらに最低限の二言をしらじらしく交わし、改札で別れた。

 帰宅ラッシュとは逆向きのお陰で、電車の運行間隔は結構長く、かなりの時間をホームで待たされる。だがその分京王線の新宿行きの電車はいつもガラガラで、下北沢までは必ず座れた。重いバッグを傍らの座席に堂々と置き、折り詰め弁当の袋を反対側の座席に置き何時間ぶりかに座ると、言葉なき会話を振り返って考えた。それにしてもどうしてあれほどよそよそしく頑なに会話を拒むのだろうか。ひと気のない車両の静けさに、色々な思いが錯綜する。

−・−・−・−・−・−

 先輩はどこか冷たくよそよそしかった。
 一年ほど先に入社したからには、同い年でも一応先輩である。営業先の社員との会話は誰よりも笑顔を見せ一見かなり親しみやすい。しかし私にはあまり笑顔を見せたことがない。いや、ほとんど見たことがない。

 たった一年の経験の違いで先輩扱いされるのがプレッシャーでもあり迷惑なのか、なぁなぁの付き合いに陥るのをただ避けているだけなのか、なぜだかわからぬが、仕事以外の付き合いを一切持たぬようにしているとしか思えない。そんな見方をしてしまうからか、営業先での彼の笑顔がいつの頃からか、それは冷たく薄っぺらなものにしか見えなくなっていた。

 電車が見違えるほど綺麗になった成城学園駅に着くと、急行電車の連絡を告げるアナウンスが聞こえてくる。下北沢までそのまま座っていくか、それともちょっとだけ座るのを我慢して急行電車の恩恵を味わうか、毎回その都度必ず迷わされる駅である。実際いくら迷ったところで、立ち上がる気が起きない限りは、そのまま座っていることになる。そしてまたしても動く気すら起きず、結局そのまま座っていた。考え事は、混雑した電車ではしたくない。どっしり腰を据えた座席は、忘れた頃にやっとゆっくり出発した。同時に、思いの錯綜も再び始まった。

 そういえば、歳の離れた別の先輩と一緒になった時は、短い帰り道でももう少しは会話も弾んでいた気がする。サブちゃんのお気に入りのカセットを持ち歩く八つほど年上の先輩は、いつだったか言っていた。

「派遣社員に同僚なんていないんだよ。同じ会社名を名乗っていたって、みんなライバルだからな、気をつけろよ。」
「そりゃそうですけど…」

 ライバルのはずのその先輩の言葉は、角刈りの厳めしい顔に似合わずちょっと優しく、風貌と、言葉と、その言葉を語る姿勢がどこか矛盾していた。

 すべての駅の存在を丁寧に確かめたせいで、急行電車にどれだけ遅れたのか、やっとのことで下北沢に着いた。曲がりくねった階段を上り、井の頭線のホームにたどり着くと、渋谷行きの若者でごった返していた。電車の混雑を想像すると、弁当入りの袋がふと存在を主張し始めた。さて、やはりいつもの所に持っていくか。

−・−・−・−・−・−

日常的に異常な渋谷の風景 いつの頃からか、渋谷にはよく立ち寄る場所がある。そこには、天然ドレッドヘアをばっちりと決め、様々な液体で暗黒に染まったドカジャンに身を包む《仙人》のようなお方が、いつもどっしりと鎮座している。

 一年中毎日欠かさずお祭り騒ぎのような渋谷の喧騒の中に、そこだけ別世界を作るかのように静かに座っている《渋谷の仙人》。鼻を突く異臭がバリヤーのように彼を包み、それにより雑踏はそこだけを避けて流れていく。井の頭線の改札フロアから長いエスカレーターを降り、売店の前を左へ少し歩いた地下鉄降り口脇の植え込み近くのスペースの住人である。

 営業先は日によって異なる。だからいつも井の頭線を使っているわけではなかった。月に一度も利用しないこともあれば、毎日のように利用することもある。そこへ立ち寄るのは、幾つかの条件が重なった時だけである。その日の帰り道が井の頭線で、さらに折り詰め弁当を貰った時、そんな時は必ずその異臭の空間に立ち寄った。これから乗り換えるべき混雑した田園都市線の下り電車では、その弁当が必ずお荷物となり、無理をしたとしてぐちゃぐちゃに潰れてしまうからだ。

 毎回ちょっとだけ勇気を出してそのバリヤーを抜け、異臭の中の《渋谷の仙人》に弁当を渡しに近づいた。一メートルほど離れた所に袋をそっと置き、運良く一瞬でも目が合えばちょっとだけ目配せし、黙って地下鉄の降り口をぐるっと一周りしてから階段を降りる。一度だけ袋を覗きこむ姿を確かめたこともあるが、いつもほとんど振り返らず階段に急いだ。

 若い乗客で混雑した井の頭線の急行が渋谷へすっ飛ばすわずかな時間、《渋谷の仙人》のことからふと海外で出会ったもう一人の《仙人》のことが蘇った。あちこちの街で、その街の《仙人》を見かける度に思い出す《キーウエストの仙人》である。実際私の脳裏に蘇ったのは、その《キーウエストの仙人》というより、彼が出会った家族連れのことでもある。

 フロリダの南端へ旅行した時のこと。観光地のお土産街を歩いていると、前を行く家族連れの子供が、ホテルで食べようと買って貰ったのか、大きく平たいピザの箱を抱えていた。その子供がなぜか突然その箱を落としてしまった。少しだけ開いた箱から、ぐちゃぐちゃになった中身のピザがたやすく想像できたが、その時の母親の一瞬の判断のあまりの鮮やかさに唖然とした。彼女はその箱を拾うと、道端に座るその街の《仙人》にさっと渡したのである。子供をしかるわけでもなく、どうしようかと家族で話し合うわけでもなく、渡すや否や何事もなかったかのように歩き出した。そのあまりに鮮やかで粋な一瞬の計らいに、私は感動に近いものを感じた。驚き、感心し、そしてそんな状況になったら自分でもそんなことが出来るだろうかと考えてしまった。その判断にちょっとだけ憧れたものだ。

 電車はあっという間にいつものトンネルに入った。減速しながら小さな駅を一つゆっくりとかつ少しだけ自慢げに走り抜け、山間の踏み切りを通り過ぎると再びトンネルに入る。開く扉がやっとアナウンスされ、乗客は一斉に同じ方向へともぞもぞ動き出す。トンネルは抜ければそこは井の頭線渋谷駅である。疲れていたせいで、ホームへ押し出される人並みについて行けず、少しずつ逆らって売店の裏に逃げ込んだ。

 普段は立ち止まったこともない帰り際のホームで、私はふと思い立ちその売店に立ち寄った。ペットボトルのお茶を一本買い、お釣りを貰ってから迷ったあげくにもう一本ジュースを買い、お釣りを貰う前にさらにカフェオレを一本追加した。ペットボトル三本を袋に入れた。お荷物はまさしく重たいお荷物となった。《渋谷の仙人》が袋を覗きこむ顔をちょっとだけ想像した。

−・−・−・−・−・−

 井の頭線のだだっ広い改札口は、血液のサラサラ度チェックなんて番組で見かけるような映像に似ている。その隙間をつるっと抜け、再び血液の流れに従って行くと、不健康な血液達がエスカレーターの乗り口で詰まっていた。その詰りをかき分けて長いエスカレーターに乗ると、渋谷の日常的に異常な光景がいつものように目に入ってくる。地方の人が初めて上京して見たら、どこかでお祭りでもあるのかと尋ねられそうだ。そんな渋谷のいつもの喧騒にいつものように滑り降りる。

 エスカレーターからいつものように脱出し、売店の前をいつものように左へカーブし、ビラ配りをいつものように交わし、地下鉄入り口脇の異臭の空間へいつものように向かった。近づくと、なにやらバリケードと厳つい看板が目に飛び込んできた。

「工事予定地につき、立ち入りを禁ず。」
《渋谷の仙人》は、もうそこにはいなかった。

 彼の居場所がなくなったのを知った瞬間、袋の中の弁当と三本のペットボトルが行き場を失った。行き場はあるのだろうか…。

 どうして…、それにしてもどうして…、そしてよりによってどうして今日なのだ。行き場のない憤りと漠然とした虚しさと、自分のお節介の嫌らしさを感じた。弁当の行き場と、買い足した三本のペットボトルの行き場と、訳のわからぬ憤りの行き場と、《渋谷の仙人》の行き場。そこに行き場が四つあるとは思えない。

「要らないなら駅のゴミ箱に捨てればいいんですよ。」

 薄っぺらな笑顔の先輩が再び現れ、笑いながらしつこく言いそうな気がした。看板を立てた人の顔を想像すれば、きっと似ているのではと思えてくる。

「そりゃそうだが…、捨てるのはちょっと…。」
 反論したところで、その反論にさえ今さら行き場はない。私は行き場のないモノを二つだけ持ち帰ることにした。
posted at 2005/03/02 06:08 | Comment(5) | TrackBack(0) | 語部修行
この記事へのコメント
隣がライバルってそんな受験生じゃあるまいしと
思っても結局はどこまでいってもそういうレースから
降りられないもんなんでしょうかね。
そう思うとさみしいです。
TVでしか知らないけど夜遅くの渋谷って
「夜回り先生」がおうちに帰ろうやって
声かけたくなる子供たちでいっぱいのとこですよね。
そんな場所で仙人さんは何をみつめていたんでしょうか。
・・どこへ行けばいいんでしょうね。

ものがあふれて平気で食べ物も捨てちゃって
なんだか殺伐としてて・・。そういうのって
仙人さんみたいな人のほうが胸を痛めてるかも。

って持ちかえってヤケ食い?
(なんでそういうチャかしかたするかな・・。)
・・失礼しました。

Posted by Ageha at 2005年03月02日 17:53
>Agehaさん、こんにちわ!
さて、
あの方達がどんな風景を見ているのでしょうか…。

それにしても、
毎日毎晩どこからこんなに人が湧いてくるのかというほど混み合った街ですね、渋谷って。

一度だけ、
サッカーのW杯代表だったか五輪代表だったかが勝った直後にハチ公口に出てしまった時がありましたが、それは大変な騒ぎでした。でも、そんな理由が全く無くても、実際大して変わらないところが一番異常でしょうか、渋谷って…一体…。
Posted by 映太郎 at 2005年03月03日 14:12
彼らは座り込んで何処を観ているのでしょうね・・・
温かくなったら『元・仙人』と面会する予定ですので
その時にでも触れてみようかと思います。
仙人を排除するように数年前にも西新宿の町並が
変化したことがありましたが
映太郎さんの行為(心)は1人の人間として
私は素敵だと思いますし
元仙人の娘としては感謝すら感じています。
たとえ誰かがそれを『偽善』という言葉で片付けたとしても。
Posted by つなみんご at 2005年03月03日 14:53
>つなみんごさん、こんばんわ!
見える風景はまったく違ったものかもしれません。

偽善については、以前も記事に書きましたが、反応や受け止め方は人様々だと思います。

同じ行為や恩恵も、人によっては時に“奉仕”でもあり“偽善”でもあり、企業によっては時に“協賛”でもあり“広告”でもあり、本人にとっては時に“恵み”でもあり“お節介”でもあり…。

ただ、
そんな様々な捉え方もすべては、与えた人間と与えない傍らの人間だけの考え方であり、与えられた人間にはそんなことすらどうでもよいお節介なことかも知れません。

名前なんてどう変わろうと、本質はそう簡単には変わらないと思います。名前と見栄えにコダワリ過ぎるのも、少し気をつけなくてはなりませんね。
Posted by 映太郎 at 2005年03月04日 00:01
 ありがとう。感想の内容は別として、感想の対象にして頂いた事に感謝。

 ちなみにこの記事がG10枚ほどのオリジン。ダメダメの元だからそりゃ恐ろしいダメ元ってヤツ。
Posted by 映太郎 at 2012年11月03日 11:34
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