ねえやせっかく

2011年08月01日
父の訃報は笑い話のように滑稽なものだった。

Road to the Gate

飼い犬が死んだ理由を尋ねられた者は答える。犬小屋が焼けたからさ。さらになんで?と尋ねる者に彼は、家が焼けたからさ、と答える。そんな笑い話があったっけ。

栃木の警察から電話があってね、という母の最初の一言で結末は見えていたが、何年も前から判っていたその結末に話が及ぶまで、しばらく無駄な回り道をしていたのが、まさに滑稽だった。
 
そう云えば、栃木に出発する前に叔母のところで母の仕事が終わるのを待っている間、興味深い話を聞いた。父にはお気に入りの姐弥がいたという。

年は十七、八。嫁入り前の修行にと、信頼できる軍人さんの家に預けられる姐弥は多かっらしい。当時父は五、六歳。

シゲコという姐弥にべったりなついていたのを見て周囲の者はからかい半分に父に尋ねたという。
「君は誰の子?」
その質問に喜んで父は答えていたらしい。
「シゲコ姐弥の子!」と。

シゲコは決して父を叱りつけなかったという。
幼くして亡くなった父の亡き兄と比べ、何をしてもその元気があってこそと。
障子を破いてもただ笑って見守っていたというから、相当甘やかされて育ったことになる。その際、必ずぶつぶつと同じ言葉を繰り返していた。
「姐弥せっかく、姐弥せっかく、」
父の母が叱る時に、姐弥がせっかく貼ったのにとか、せっかく片付けてたのにという言葉を、逆に先んじて唱えていたらしい。

当時父の家は、祖父が海軍の現場としてはある意味最高位に勤めていたから、姐弥を何人も置いていたらしいし、何人も入れ替わったらしい。
だが、姐弥の中でそのシゲコ姐弥もかなり父を気に入っていたらしく、何年が後にも何度か父のもとを訪れいたと叔母は教えてくれた。

荼毘を待つ間、父のねじれた愛情表現の根源が徐々に理解できてきた気がした。

集骨を終え、どうせそこに居ないことは知っていたが、ならばどこにいるのかと考えた時、浮かぶのは尊敬していた偉大な父の父親のもとでもなく、父の母親のもとでもなく、たぶんシゲコ姐弥の所なんだろうと思った。

火葬場

十七、八の姐弥に手を取られ、いや手を引っ張って遊びに誘う茶目っ気たっぷりの六、七歳の父の姿が、火葬場の外に広がる竹薮に浮かんだ。
posted at 2011/08/01 08:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 死生私観
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