千年女優と祖父が旅立つ光景

2005年02月27日
先日インフルエンザに見舞われた時のこと、精神的にもすっかり弱気になり寝込んでいると、12歳くらいの頃に亡くした父方の祖母が枕元に現れた。まぁ実際そこに姿が現れたわけではない。祖母の言葉をいきなり思い出し、そのあまりの唐突さにふと傍らにいる気がしただけである。ただむしょうに優しい気配に包まれる感覚はたしかに感じた。そんな気がした。

今日あるアニメーション映画を観ていると、今度は母方の祖父の旅立ちの時を思い出した。

千年女優千年女優
(2001年/日本)
監督 今敏

かつては一世を風靡したが後に映画界を引退し、今はひっそりと寂しく暮らす女優藤原千代子。ある男の小さな贈り物とインタビューの申し出に応じ、その映画人生を語り始める。

この映画と祖父とは全く関係がない。ただ、映画やアニメ映像のちょっとしたシーンに、突然自分の過去の思い出が重なることは誰にでもよくあるものだ。このアニメ映画のワンシーンに祖父の旅立ち前の姿が重なった。その時、私は日本にいなかった。
 
女優藤原千代子は誰にも会わなかったが、小さな贈り物を携えた映像会社社長のインタビューには応じ、贈り物を手にその不思議な映画人生を語り始める。

出演した数々の映画の筋書きと自分自身の人生が交錯する思い出の中、社長の贈り物が彼女の人生を大きく揺さぶり続けていたとても大切なものだったことを語る。

映像会社社長が彼女の元に届けた贈り物とは何だったのか、彼女の人生がなぜその贈り物と関わっていたのか、その答えを語り終えた時、彼女は…。

いい映画である。観ているうちにアニメーションであることを忘れてしまうのは、そのアニメーションの中の背伸びも萎縮もしない淡々としたリアリティーのせいだろうか。画面の色合いと物語の不思議な風合いがとても気に入っている。

さて、祖父はどうしてこの映画の画面の中に現れたのだろうか。

 −・−・−・−・−・−

二十歳になった頃だったか、親しい友人がサンフランシスコの大学に留学した。何度か手紙でやり取りするうち、「少しの間なら泊まれるから来ないか」と誘ってくれた。私には初めての海外旅行である。早速バイトの休みを申し出て、一月の末に出発する計画を立てた。

ちょうどその頃、母方の祖父は八王子近くの病院に入院していた。入院と言っても老人病院と呼ばれていた所だったから、退院の予定など誰も積極的には立てないようなところである。病院にいるにも関わらず、いやそんな病院だからこそか、祖父の体はすっかり弱っていた。

アメリカ旅行の出発直前、母が言った。
「おじいちゃんもかなり弱ってるし、何かあると嫌だから一応お見舞い行っといたら?」
私は特に何も考えず、ごく普通に祖父の見舞いに行くことにした。

病院を訪れたのは週末だったこともあり、病室には何家族も親戚が揃って、かなり大勢での見舞い風景となった。ちょっとだけ起こしたベッドの祖父に一人一人が色々と話しかけ、祖父もとても嬉しそうで病室とはいえかなり幸せな光景だった。その時である。

その時の、その状況の祖父が、ふと面白いことを言い出した。

「後の人に悪いから、起こしてくれ…もっと起こしてくれ…」

しきりにベッドを起こせと言うのだ。ベッドを起こせといっても限界があるのだが、幾ら起こしてもまだまだ起こせとせがむ。

家族はハタと考えてしまった。
「どうしたの? 
どうしてそんなにベッドを起こしたいの?」
母だったか伯父だったかが祖父に尋ねると、後の乗客に悪いからだと言っていた。

祖父は、出発間近の列車に乗って自分だけが見送られている気分になっていた。その状況に錯覚を起こしたのだろうと皆で笑いあった。

その何日か後、私は一人サンフランシスコに出発した。十日ほどの日程に、友人がスキーツアーまでセッティングしてくれ、初めての海外旅行をたっぷりと満喫した。

たった十日ですっかりアメリカ被れし成田に帰り着くと、母が車で迎えに来てくれた。感想を一通り話すと母は言った。

「おじいちゃん亡くなったのよ…」
親戚に遅れること数日、旅行気分の私の元に悲しみがドカっとまとめてやってきた。
「何度も国際電話したのに…」
楽しんでいる私に気遣ってか黙っていてくれたのだ。その分の反動は大きく、一人取り残された不思議な感覚と漠然とした捉え所のない落ち込みに結構苦しんだ。

落ち着いてから、ふとあの不思議な状況を思い出した。見舞いに行った時、出発直前だったのは私だけではなかった。

たしかに、あの場に集まった親戚一同は実際“お見送り”をしていた。誰もその日が最後とは思わなくても、もしかしたら最後になるかも知れないと心の奥底で思いながら、でもそんな事は誰も口にせず“お見送り”をしていた。ベッドの上の祖父はそれを感じ取っていたからこそ出発直前の列車の座席と錯覚したのかも知れない。

その時祖父は、祖父だけの時刻表に自分の乗るべき列車をすでに見つけ、出発時刻まで知っていたのだろう。今にして思えば、娘である私の母親も無意識にそれを感じていたのではと思えてくる。だからこそ私にも、見舞いに行っておくようにとしきりにせがんだのだ。

そんな忘れられぬ不思議な“見舞いの光景”を、気がつくとすっかり忘れていた。「千年女優」の中のあるシーンで、ベッドと旅立ちの映像が交錯した時、ふと祖父の旅立つ光景が重なった。その物語の中で、映画の筋書きと主人公の人生の思い出が交錯するように、物語の外、画面の外でも、映像と思い出が交錯してくる。これも映画の大きな魅力だと思う。

 −・−・−・−・−・−

ところで、アメリカにいた私は当然ながら祖父の葬儀に出席できなかった。帰国した時にはすでに小さな骨壷に納まり、騒ぎはすっかり落ち着いていた。それが原因で、後々かなりの時間私は引きずった。

家族や親しい人の葬儀というもの、その関係が濃ければ濃いほどその儀式は大騒ぎである。二日間の慣れない儀式に追われ、大いに泣き、久々の親戚達と大いに語り、大いに飲み食い、火葬場の骨上げをピークとして、精神的にもかなり高揚する。

その儀式に立ち会わなかった私は、後々何度も考えてしまった。喪失感が若干足りないことに気がついたのだ。火葬の釜の熱を感じるほどの白骨を目の当たりにし、その人がもうこの世にいないことを思い知らされる集骨の時を過ぎると、家族の涙は止まるものである。葬儀という儀式のもう一つの必要性を、私はその頃身をもって痛感した。

亡くした人の事も、その時の途方もない悲しみも、人間は時と共に少しずつ忘れていく。忘却というものも、人の心の為には重要な癒しである。だが、ふと思い出した時は徹底的に思い出すことにしている。それだけでも供養と思っているからだ。

しかし、何気なく暦を見てハッとした。
そろそろお彼岸ではないか。先日の祖母にしても、今日の祖父にしても、「いい加減たまには遊びに来なさい!」と言っているようだ。

花屋をしていた頃は、「お盆やお彼岸は忙しいから…」と言いつつ墓参りなど全く行かなかった。ある彼岸の最中、配達で道に迷うとお寺の通用路の行き止まりに迷い込んだ。その先はお墓だった。

なんとそこは祖父のお寺だったのだ。
「やばい、じいちゃんが呼んでるかも…」

あまりほって置くと、毎晩夢にでも出そうである。そんなことを考えてもあまり乗り気がしない。いつも身近に感じているのも悪くないではないか。
posted at 2005/02/27 06:28 | Comment(0) | TrackBack(1) | 映像批評
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