物語は或る日何処かで突然始まる。
きっかけは大抵何気ない些細な事で、
大抵その瞬間には何も変化に気付かない。
普段は乗らない急行にふと乗ってしまったり…、
いつもは曲がらない角をふいに曲がってしまったり…、
滅多に入らない喫茶店になぜか入ってしまったり…。
その些細でも特別な瞬間に例え気付いても、
瞬間は他のどうでもよい瞬間たちと共に、
あっという間に過去の渦へと消えていく。
その急行電車に乗らなかったら…、
その角を曲がらなかったら…、
その店に入らなかったら…。
仮定などいくら重ねても無駄というもの。
選ばなかった路地の道端の花は見えず、
故にその色を想像しても意味がない。
結局のところ自分の歩む道など、
どれを選んだところでたった一本しか無いのだ。
どこを通っても惜しむ時は惜しみ、悔やむ時は悔やむ。
だが、そんなと或る些細な瞬間を、
人がふと意識し省みた途端、
どうでもよい日常が不意に作者不明の物語へと変わる。
すでにその時、シナリオはプロローグの頁を疾うに過ぎ、
もう抜け出せないほどに舞台は進行していたりする。
知らぬ間に立っていた舞台は、もはや一人では降りられない。
同じ舞台に立つ役者達みなが脇役で、
同時にみながそれぞれの舞台で、
主役を張っている。最初で最後の主役を…。
はるか客席の向こうに見えるスポットライトは、
みなそれぞれの主役を照らし、
すれ違う観客たちはみな自分だけを見詰めている。
街の雑踏はすべて盛大な喝采に聞こえ、
道端に咲く花さえ花束に見え、時にふと微笑む。
しかし…、
突然始まった物語もやがて終盤に差し掛かり、
誰も見ぬエンディングに役者たちの胸は高鳴る。
その先で自分を待つまだ見ぬ筋書きが、
エピローグなのか、それともさらなるプロローグなのか。
結局のところ誰にも区別がつかない。
人生なんて、
不意に渡された真っ白な一冊の台本ではないか。
そこに書いてあるのはただ一つの名前だけ。
その自分の名前の下には、
台詞も動きも感情表現も何も書いておらず、
ところどころに記されたたった一行のト書きだけが、
不意に、そして再び何かを語り始める。
物語は或る日何処かで突然・・・・・。
あなたの通った道の傍らに咲く花は、
一体何色なのでしょうか。
私の選んだ道に、
まだ花は咲いていない。
きっと…、
道端に花がいくら咲いていても、
私にはもう見えないのかも知れない。
選ばぬ道の花は見えず… |
| 2006年07月12日 |
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