選ばぬ道の花は見えず…

2006年07月12日
 物語は或る日何処かで突然始まる。

 きっかけは大抵何気ない些細な事で、

 大抵その瞬間には何も変化に気付かない。
 
 普段は乗らない急行にふと乗ってしまったり…、

 いつもは曲がらない角をふいに曲がってしまったり…、

 滅多に入らない喫茶店になぜか入ってしまったり…。


 その些細でも特別な瞬間に例え気付いても、

 瞬間は他のどうでもよい瞬間たちと共に、

 あっという間に過去の渦へと消えていく。


 その急行電車に乗らなかったら…、

 その角を曲がらなかったら…、

 その店に入らなかったら…。

 仮定などいくら重ねても無駄というもの。



 選ばなかった路地の道端の花は見えず、

 故にその色を想像しても意味がない。



 結局のところ自分の歩む道など、

 どれを選んだところでたった一本しか無いのだ。

 どこを通っても惜しむ時は惜しみ、悔やむ時は悔やむ。

 
 だが、そんなと或る些細な瞬間を、

 人がふと意識し省みた途端、

 どうでもよい日常が不意に作者不明の物語へと変わる。


 すでにその時、シナリオはプロローグの頁を疾うに過ぎ、

 もう抜け出せないほどに舞台は進行していたりする。

 知らぬ間に立っていた舞台は、もはや一人では降りられない。


 同じ舞台に立つ役者達みなが脇役で、

 同時にみながそれぞれの舞台で、

 主役を張っている。最初で最後の主役を…。
 

 はるか客席の向こうに見えるスポットライトは、

 みなそれぞれの主役を照らし、

 すれ違う観客たちはみな自分だけを見詰めている。

 街の雑踏はすべて盛大な喝采に聞こえ、

 道端に咲く花さえ花束に見え、時にふと微笑む。


 しかし…、

 突然始まった物語もやがて終盤に差し掛かり、

 誰も見ぬエンディングに役者たちの胸は高鳴る。

 その先で自分を待つまだ見ぬ筋書きが、

 エピローグなのか、それともさらなるプロローグなのか。

 結局のところ誰にも区別がつかない。


 人生なんて、

 不意に渡された真っ白な一冊の台本ではないか。

 そこに書いてあるのはただ一つの名前だけ。

 その自分の名前の下には、

 台詞も動きも感情表現も何も書いておらず、

 ところどころに記されたたった一行のト書きだけが、

 不意に、そして再び何かを語り始める。


 物語は或る日何処かで突然・・・・・。



 あなたの通った道の傍らに咲く花は、

 一体何色なのでしょうか。

 私の選んだ道に、

 まだ花は咲いていない。


 きっと…、

 道端に花がいくら咲いていても、

 私にはもう見えないのかも知れない。
posted at 2006/07/12 03:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 語部修行
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