いつか一枚の葉に姿を変える時

2006年06月25日
 先日、職場一階中庭の緑地に立つ喫煙所で一服していた時のこと。まだ若々しい黄緑色の葉をたっぷりと茂らせた木々を眺めていて、ふとある言葉を思い出した。

 “新芽の芽吹く季節は、とかく人の生死が目まぐるしい”

 ふむ、季節は新芽時を疾うに過ぎている。新芽達はみなしっかりと成長して木々を助け、そしてまたそれぞれの新芽同士も、互いに助け合っているわけだ…。

「待てよ…!そうか!!そうだったのか!!!」

 私は思わず心の中で叫んでしまった。

「一本の樹に芽吹いた一枚一枚の葉って、もしやソウルメイトの一団なんだな!」
 


 “袖摺り会うも他生の縁”とは言うけれど、彼らにとっては“葉を摺り会うも他生の縁”とでもいうものなのだろう。

 さしずめ…、芽を吹いたばかりの二葉の新芽などは、唯一無二の二人のソウルメイトが、何生か振りに出会った瞬間なのかも知れない。

 並んで芽吹く二枚の葉がソウルメイトで、一本の枝に揃った葉たちがソウルファミリーで、そして一本の樹に集うすべての葉たちが、大きなソウルグループなのだ。

 やがて季節が巡り、それぞれの枝先に一つまた一つと花が咲く。

 それを見守った葉は何事もなかったかのように、一枚また一枚と自らの身を落とし、そして塵に帰っていく。

「ふむ…、そうだ! そうだったのだ!! 間違いない!!!」



 ふと縁を感じるほどの出会いがもしあったなら、それはきっと、いつかずっと昔に同じ枝で並んで風に揺られた仲間なのかも知れない。その微かな思い出が、ソウルマスターの粋な計らいに、ふと気付かせてくれているのかも知れないな。

 そうなのだ。きっとそれがソウルメイトなのだ。

 同じ樹に芽吹いた記憶などもう何処にも残っていなくとも、共に風に揺れ共に雨に打たれ、そして共に落葉した微かな記憶が、人と人を親しく感じさせ、人と人を結びつけているのかも知れない。

 共に芽吹く緑のソウルメイトたちにとっては、私たちの今の生は来世なのか、それとも前世なのか。

「まさか…、行ったり来たりを永遠に繰り返しているのか!?」
posted at 2006/06/25 02:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 死生私観
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