“孫にも衣装”で何かが変わる?

2006年06月10日
 ことわざも色々あるが、その解釈もまた色々である。

 ≪孫にも衣装≫

 意味…どんな家庭のどんな孫だろうと、そこそこの衣装を身に着けてそこそこの振る舞いをすれば、それなりの“お家柄”のそれなりの御子息に見えてしまうということわざ。

踊るカエル君イメージ画像の“孫”は、慣れぬ衣装にいたって陽気であった。

プライバシー保護の為、
カエル君に化けてもらっている。

 別バージョンもある。

 ≪年寄りに冷や水≫

 意味…どんなお家柄のどんな資産家のどんなお偉い年寄りだろうと…。ん?
 
 まぁ“年寄りに冷水”は別として、“孫にも…”で笑えなかった方はいつかきっと笑われる。今のうちに自らの誤認識を解いておいた方がよい。

 ≪馬子にも衣装≫

 意味…つまらぬ者でも外形を飾るとりっぱに見えることのたとえ。

 ふむ、或る意味“馬子”をつまらぬものとして表現している辺り、誠に失礼なことわざだな。



 で、話題は馬子でも孫でもない。

 そのことわざの意味は外見について言っているのだけれど、実はそんな状況では内面も変わるのではないかと、ふと思ったので記事を起ち上げたのだ。

 いきなり例えが下世話になるが、例えば飲み会の余興か何かで女装でもさせられた男性が居たとする。酔っ払った勢いで普段はしたこともない女性の振る舞いをしてみると、その手の嗜好を持たぬ人でさえ、意外と女性らしい考え方が内面にふと芽生えてくるという。

 美輪氏も以前占い番組で言っていたっけか。
 「女性らしくなりたいのなら、身のこなしから女性らしくならないと、本当に女性らしくはならないのよ」…言葉は忘れたが、たしかそんな内容であった。

 右の物を右手で取るのではなく、右の物をあえて左手で取るのだそうだ。

 ふむ、思い出した。“自分は女性らしさに欠けていて…”と悩みを打ち明けた阿川佐和子氏に説いた話であった。



 だから話題は美輪氏でも阿川氏でもない。
 状況が人の内面や人格さえも変えてしまうという話である。

 立場や居場所や、職場や周囲の環境次第で、人は内面さえ必要に応じて変わり得るという話、いや正確には変えることができるという話である。

 横綱になった若手の力士が、その大きな重圧に耐えながらもその名にふさわしく見えてくるというではないか。

 それはただ周囲から違って見えるということだけではなく、その大きな体の内側で、確実に何かが変わっていることの表れなのだろうと思えてくるのだ。

 まさか勢いで横綱になってしまう力士はいないだろうけれど、勢いでふと場違いな状況や場違いな席に座ってしまうことは意外とある。

 その席は自分の力量には余りあって、例えかなり不相応だったとしても、じっとその状況に居座るうち、自分の中の何かが必要に応じて変化成長していくかも知れないという話、というよりも、ふとそう思いたくなってきたのだ。

 「自分にはきっと無理だろう…。」

 そう思いたくなってしまう状況でも、その大きな“席”に余りある体をそこに置いているうちに、やがてはその“席”に見合うようになってくれたらなぁ…と、ふと思ってしまったのだ。

 その席に「座りますか?」と事前に訊ねられたら、きっと私は座らなかったに違いない。だが、今そんな席に座っている。いつのまにか座ってしまったのである。

 その席に見合うほどの体などいらない。その席に見合うほどの心の余裕と力量が欲しい。

 ただ座っていさえすればいつかふと気付いた時、その状況に見合った自分になっているだろうか。 

 とりあえずもう一週、そしてまたもう一週と、自分の力量を忘れて座ってみるかな。忘れないとやってられないし…。



 だからだから話題はそんな事だったのだけれど、ふと結末ではあえて話題を反れてみる。

 “年寄りの冷水”という言葉をヤフー辞書で検索したら、お節介にも別の言葉が引っ掛かったのだ。

 ≪冷水を浴びせる≫

 意味…相手の意気込みをくじくような言動をする。

 うぅぅ…。ただでさえ、ちょっとした一言でやる気が一瞬にして消え去りそうな無理をしているのだ。頼むからそんな言葉は決して浴びせないで欲しいものである。



 追記…。

 下手に得意分野があるとそれを任されてしまうんだろうな。

 簿記の得意な者は経理を任され、プログラムの得意な者はシステムを任され、…と。

 ふむ、いまさら得意分野など何も無い私には、何もしないで座りボーっと考えている社長くらいしか似合わぬかも知れぬ。まぁ社長はすでに一度経験したから、もう二度とやる気などないんだけど…。
posted at 2006/06/10 22:55 | Comment(2) | TrackBack(0) | 雑題雑想
この記事へのコメント
 映太郎さまこんにちは。
 わたくしことにゃんタローが好きな言葉は「不言実行」です。その次に好きな言葉は「有言実行」でしょうか。
 なにも言わなくても、自分の為すべき事を為す。映太郎さんも父親でいらっしゃるならば、言葉だけでなく行動で示す事の大切さを分かっていらっしゃるでしょう。
 わたくしも普段は「ケ・セラ・セラ」と気ままに生きてますが、親として人として「自分が決めた事を守る」これだけは生きて行く上でのルールとして守っています。
 ほんとうに言葉は自分の内部を表し、露にするツールですね。
 言葉の意味を知り始めたうちのコタローは言葉の持つ情報の多さに悪戦苦闘をしております。
 
PS.
 ちなみに手紙のお返事は「僕が大きくなってから書く」そうです。
Posted by にゃんタロー at 2006年06月11日 14:37
にゃん太郎さま、ハジメマシテ…^^)

にゃん太郎というお名前からして、
どうやら私よりサスケにコメント返礼を書かせた方がよさそうな気がして参りますなぁ。

十の言葉には、どうやら十の意味以上に何かが表れてしまうのでしょう。何かが露になり、何かが晒されるのを承知の上で、半ば開き直るように日々浮かんだ言葉を書いています。

いつかそれらがふと誰かの目に留まり、そしてその中身がその誰かの内なるどこかに届く日が来るのだろうと想いながら…。    業 映多露

コタローさまによろしくお伝え下さい。

追伸…、私の場合、
“多言少行”なのかもしれませんねぇ。
昔からいつも口ばっかりで、行動がそれに追いつかないしなぁ。
Posted by 映太郎 at 2006年06月11日 20:52
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