本嫌いの喘ぎと諦めと別世界

2005年02月02日
先日どこかのバラエティ番組で、日本語の勘違いに関する話題を取り上げていたのだが、番組冒頭の練習問題のそのまた一番最初でつまづいた。

こんにち
こんにち
さて正しいのはどっち?

やばい…、
“こんにち”なんて平気でコメント欄に書いていた。正直言ってマジで勘違いしていた。超恥ずかしいって漢字〜!って漢字以前の問題だし〜。

“が”が気になるなんて、
間違った日本語を記事にした自分がなんとも恥ずかしい。
 
たまに現れる誤変換は時に笑えるものもあり、あえてそのまま使うこともよくある。そんな誤変換から色々なジョークや例え話に発展することも多いのだが…、

しかし、
 マジでマジだった…
  トホホのホどころではなかった…

 −・−・−・−・−・−

様々なブログ記事を毎日せっせと書き続け、毎日せっせと投稿を繰り返し、自分のブログを自分の言葉で埋め続けているものの、元々本など読まない人間ゆえにボキャブラリーや表現にはかなり無理がある。

そんな努力を続けられるのも、自分の無知だけが頼りだったのかも知れない。漢字を知らない外人が書道で何かを伝えようするような無謀なことだったのだろうか。

少々不安になってきた。

もしかしたら、「消費税」とか「公衆便所」なんて書かれた掛け軸を、自慢気に応接間に飾る外人の感覚と大して変わらないのかも知れない。

“ミュージシャン・エンヤは、音楽を全く聴かないのにも関わらず、素晴らしい音楽を作り出す”なんて話があった。そんな逸話を鵜呑みにし、“本など全く読まなくても文章が書ける”などと信じていたことこそ、そもそもの間違いだったのではと思えてきた。

 −・−・−・−・−・−

OCDという強迫観念を以前記事にしたことがある。その症状の一つには、本などの長い文章を読むのが苦手という項目がある。かく言う私も、どうもこのOCDという強迫観念の疑いがあるので、その項目が今考えても興味深くまた私の無謀な努力の拠り所でもある。

無知を盾にこのまま無理を通し恥ずかしいブログを更新し続けるか、精神科に通い薬を貰ってOCDという強迫観念から脱出するか。その項目を知って以来ずっと、そのどちらを選択すべきかの迷いが尽きない。

ただ、実際こんなことまでも記事にし投稿しようとしている自分を冷静に考えると、恥ずかしいブログでさえ更新し続けることにもわずかばかりかは価値ありと、無意識に割り切っている証拠なのではと思えてくる。

そんなブログを読んでいる人の立場も心境もそこには存在せず、全く身勝手な文章とも言われかねないが、一方で最近の「電車男」や「今週、妻が浮気します」なんてウェブ系小説の紹介記事に見られる言葉は、ブログなどのコンテンツのまた別の一面を指摘していて納得させられた。

「電車男」をこえるか?
Q&A掲示板での衝撃のやり取り
 「今週、妻が浮気します」が単行本に!
今週、妻が浮気します 「教えて!goo 」に掲載された衝撃的な質問投稿をまとめた単行本「今週、妻が浮気します」が、中央公論新社から出版された。
…。この本はQ&Aコミュニティサイトの「教えて!goo 」と「OKWebコミュニティ 」に投稿され、話題になった同名の質問投稿とその回答を書籍化したものだ。…。こうした現象を見ていると、ネット上でのコミュニケーションが一種のグループセラピー(心理療法)として機能することがわかっておもしろい。(2005/01/26/Yahoo/RBB TODAY)

そこにブログというシステムは含まれていない。しかし、何も言い返さずに自分の言葉を受け止めてくれるこのブログというシステムも、患者の独白を黙々と聞き続け否定せずに頷いてくれるカウンセリングにどこか通じるものがあることは否定出来ないだろう。

まぁそんなモノはPCが世に出回るはるか以前から存在していた。日記というものもある意味ブログには違いない。そんな日記というカウンセリングシステムにも時には目新しさが必要だったのだろう。

日記をつけない人間が、文具売り場に並ぶ綺麗な日記を目にして刺激され、その日記を使ってみたい衝動から日記をつけ始めることもあるのだから、ブログと名前を変え登場したかつての日記の目新しさについ目を奪われ手にしてしまった人も多いはずである。

本屋で本を買わなくなり、代わりに自宅のPCで本を選ぶ時代である。文房具店の代わりに自宅のPCでブログシステムに刺激されブログを始めてしまうことも、かつての文具売り場の誘惑となんら変わりはない。

両者の違いは、
 書き手がブロガーと呼ばれていることぐらいではないか

 −・−・−・−・−・−

先の「グループセラピー云々…」などという言葉を考えてみると、このブログ自体も精神科への通院の何十分の一か何百分の一かの意義がありそうである。ただ、私が悩むOCDという強迫観念にどれだけ効き目があるかは不明である。

読書が嫌いで、本など全く読みもしない人間が本を書こうとするなんて、かなり荒手の逆療法にも思えてくる。高所恐怖症の人間を毎日屋上の縁に座らせカウンセリングしているようでもある。まぁ、泳げずプールにも入らない人間にアクアラングの装備をつけ、海に放り込む荒療治とも考えられるか。

溺れる不安から解き放たれた時、その人には恐怖の世界でしかなかった水中が、突然素晴らしい別世界になる可能性だってあるだろうし…。

でも、私は四十を過ぎたテレビっ子である。
活字だけの世界に放り込まれたら、あっという間に溺れそうでやはり恐ろしい。
posted at 2005/02/02 03:57 | Comment(2) | TrackBack(0) | 雑題雑想
この記事へのコメント
普段は読みませんか?本のたぐい。マンガも?
それでもぎゃ〜とかヨカタネーとか書いてる私より
かなりのコメンテーターなのに。
声が聞こえるとかそこでジタバタしてるとか
最近存在そのものがAgehaじゃなくて
「モスラ」化しているそうで(笑)。
でも、映画やその辺の流行り歌にも「およっ」と
思うことがあって、それだけでもボキャブラリー
増えませんか?マネからはいってますけど。

ちなみに本読みます。ただし電撃文庫のライトノベルばかりで
とても40過ぎの人が読む本じゃないです。
しかも下手なマンガより笑えたりします。
2時間もあれば1冊読破です。多い時は月5,6冊。
コレも異常ですが。
Posted by Ageha at 2005年02月02日 14:11
>Agehaさん、またまたどうも!
基本的に本や雑誌に漫画にと、活字媒体は全く読みません。新聞も取ってませんしね。

必要に駆られて何かを調べたりとか、コンビニでちょっと見出しが気になり覗くことはありますが、本屋などはほとんど出入りもしません。

まぁ記事にもしましたが、OCD・強迫観念の影響はマジにあると思います。読んでいても先に進まないんですよ。はっきり言って普通の文庫本を読むのに相当時間が掛かるんです。

だからよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っぽど興味が湧かないと読み続けるのが不可能に近いんです。

ちなみに昨年だかに何年ぶりかで文庫本一冊読みました。これはたぶん10年ぶりくらいの快挙です。

そんな人間ですからボキャブラリーの基本は、NHK教育テレビの教養講座に出てくる先生方のお喋りなんかだと思います。そういう理屈っぽいお喋り聞くのは好きですしね。
Posted by 映太郎 at 2005年02月02日 14:26
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