八月には火垂るの墓を…

2004年08月06日
いつの頃からか、サクマのドロップ復刻版が出回っているようだが、あの缶詰を見るとどうしてもこの映画を思い出してしまう。その缶を目にしただけで、私の涙腺はむずむずしてくる。

hotaru火垂るの墓
原作 野坂昭如
監督脚本 高畑勲
作画監督 近藤喜文
撮影 小山信夫
音楽 間宮芳生
美術 山本二三
プロデューサー 原徹
製作 佐藤亮一
   スタジオジブリ

公開当時私はこの映画を知らなかった。だが、その時の同時上映が「となりのトトロ」だったと聞いて、それもちょっと意外だった。なにげなくこの作品を見てしまった「となりのトトロ」の観客はどんな想いで見たのだろう。覚悟なしに見るのは、少々辛そうではないか。覚悟しても辛いのだから。
 
終戦間近の神戸、清太(声:辰巳努)と節子(声:白石綾乃)の兄妹は、空襲で母を失いたった二人残される。遠い親戚を頼り身を寄せるも、厳しい態度に嫌気がさし、二人だけの生活を始める。残された貯金も使いはたし、やがて兄は空襲で誰もいなくなった民家の金品を盗み出すが、それでも二人の身体は少しずつ弱っていった。

二人を癒してくれるのは、夜ごと優しい光で彼らを包み込む無数の蛍たちだけだった。8月15日を過ぎても、彼等の元に終戦は訪れない。

平和なピアノ曲が聞こえ始めるなか、兄清太はひとり焚き木を買い出しに行く。それは…。

日本テレビは毎年終戦記念日の8月15日前後に、ストイックなほどこの作品を放映してくれてきた。何度ビデオに録画してあっても、結局毎回必ず見てしまう。

3回目以降は、オープニングからたったの3分ほどで、涙腺はゴーゴーと音を立て涙ボロボロな状態になってしまう。毎回そんなことはわかっているのに、それでもその都度放送を見ていた。なぜか見なくてはいけないような気がしてくるのだ。

今年は放映しないのだろうか。しつこいほど毎年オンエアしてきた日テレの姿勢にいたく感心していたのに…、とても残念である。

この分ではどうも放映されそうにないので、DVDを買ってこようかと迷っている。どうしても見なくてはいけない気がするからだ。

ちなみに、小説『火垂るの墓』の原作者野坂昭如は、ホテルに一晩こもり一気に書き上げ、以後二度と目を通さなかったという話を聞いた。彼の実体験を元にして書かれたというこの小説は、彼にとってはノンフィクション同然なのだろう。それを知ってからは余計に、見なくてはいけないという義務感にとらわれてしまっている。
2004/08/06…by映太郎

この記事は、
YahooGeoCities版★映太郎の映像批評★
2004/08/06/Log-no0039
≪火垂るの墓≫より移植
posted at 2004/08/06 00:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | 映像批評
この記事へのコメント
戦争を知らない私にとっての、「戦争ってどんなもの?」っていうのを最初に知ったのは、マンガ「はだしのゲン」でした。昔近所に住んでたおばさんがなぜだか持っていて、貸してくれたのです。あれは少年マンガっぽい絵で、ちょっとグロテスクな部分がありましたが、この「火垂るの墓」は、カルピス劇場ものとか見ていた私にとっては、見慣れた絵で親しみがあるし、子供がより一層悲しげに見える気がして、それの相乗効果で涙を誘います…。
Posted by minan at 2005年01月23日 07:21
>minanさん、おはようございます。
この記事を書いたのは昨年の夏ですが、終戦記念日前後は放送されませんでした。その後どうしても再びきちんと見たくなり結局DVDを買いました。

でも、いざ買ってしまうと見るのに勇気が必要となります。精神的にかなり覚悟がいりますからね。

カルピス劇場とはどういったものでしょうか。制作者が共通しているのかな?

負傷者や遺体の一部を描いているところなどは、ある意味リアル過ぎる感もありましたが、あの映画はそのために作られたと考えれば、あれでも抑えられているのではないでしょうか。

現在5歳の子供にいつ見せるかをずっと悩んでおります。
Posted by 映太郎 at 2005年01月23日 07:39
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