三木谷社長のチャレンヅ精神

2005年01月07日
フジ「とくダネ!」では、昨年から今年にかけて野球界の話題の中心となった人物、楽天社長三木谷氏を特集していた。

カメラの前で今年の目標だかを筆で書き記るす社長。そこに現れたカタカナの大きな文字は、その意気込みとは別にもう一つの“何か”をしっかりと映し出していた。

チャレンヅ

…え?
チャレンじゃなくて、
チャレン?…ヅ?????

スタジオの優しい顔ぶれは誰も触れない。
 
いい年をしてカタカナの書き方を知らんのか…と責めるつもりはない。私が責めるのは周囲の人々である。気づかぬフリをして黙っている周囲の優しい人々だ。たった今そこにいる周囲の人々だけではない。彼の周囲に今までいた様々な優しい人々のことだ。

 −・−・−・−・−・−

小学校の時、授業中に恥をかいたことがある。黒板に大きく書いたカタカナを見た先生は指摘した。

「君のはおかしいぞ!」

先生の言葉より、その時のクラスメートの視線と火の出るような恥ずかしさが、その間違った書き方を一発で治した。もしかしたら、その私の姿を見て「僕もだ…」と治った友人もいたはずである。私は生け贄だったのかも知れない。

親しい友人の家で晩御飯をご馳走してもらった時も、私は大恥をかいた。

「君は箸の持ち方がおかしいね!」
その言葉と同時に、友人の家族全員の視線を浴びた。

それまで、自分の箸の持ち方に何の疑いも持っていなかった。そこに本人の自覚はない。だからこそ、正しいと思っていた自分の姿が正しくないと知った時、愕然として、とてつもなく恥ずかしく、そしてその恥ずかしさがその後、正しい方向への原動力となってくれた。

職場などで、自分よりはるかに年上の人が時にちょっとした間違いや誤解、勘違いをしていたりすることもある。その瞬間の相手の恥ずかしさやその場のばつの悪さを想像し、見て見ぬフリをしてしまいがちだ。そんな無言の視線は、私の友人家族の視線やクラスメートの視線よりもずっと冷たい。

間違いや誤解、勘違いを見つけた時、一番冷たく感じるのは、その事柄を指摘しようとする自分の声である。自分が気づいたことさえも相手には冷たい客観性に思え、その事実に気づかないフリをしたくなるものだ。

 −・−・−・−・−・−

街角や電車の中でも似たような悩みに出くわす事がある。

ある時駅のホームで、私の前を行く女性のスカートがめくれあがっていることに気がついた。私は追いかけ追いつきその事を伝えると、もの凄い顔でにらまれた。お節介も時には誤解を招く。あとに残るのは、僅かな自己満足と重い自己嫌悪だった。

公衆の面前で、本人には思いも寄らぬ恥に気づいた時、何人の人が伝えられるだろうか。誤解を招くのは不安でもあるが、それでもなるべくかつさりげなく伝えるようには心がけているものの自信はない。

 −・−・−・−・−・−

三木谷氏が可哀想なのは、そのたったひとつの勘違いではないはず。そんな指摘もしてくれない周囲との距離と関係だろう。たった今彼の周囲にいる人々に限ったことではない。

「社長〜っ!
 社長の書初めが話題になってます!」

話題になるのは何よりも好ましい業界とはいえ、そこまで計算づくとは思えない。

「三木谷さん、
 裸の王様にならぬよう、
 どうかお気をつけ下さいませ!」
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posted at 2005/01/07 11:15 | Comment(2) | TrackBack(1) | 雑題雑想
この記事へのコメント
TBとコメントありがとうございます。

「ちょっと暗めの甘いマスク」確かに、お笑いのヒロシと同じ分類の顔でしょうか?(笑)

ちょっとしたことで感動して、ちょっとしたことで動揺する私からすると、大仏さまのよう三木谷社長は、ちょっと魅力的です(笑)
Posted by ミドリ at 2005年01月09日 15:54
>ミドリさん、いらっさいませ!
悟りを開いたような、
悠然としたお方がお好みなのでしょうか?
それとも、
単にどっしりしたお方がお好みなのでしょうか?

少々気になります。
Posted by 映太郎 at 2005年01月09日 17:12
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三木谷浩史氏
Excerpt: 年始めに、よくインタビューされている姿をお見受けいたしました。 動じない風貌。まるで、大仏のような重圧感を感じたのは私だけでしょうか? それに比べて、私とくれば、 真っ暗なうちからお弁当を作りだし、..
Weblog: Cherry blossom
Tracked: 2005-01-09 08:48
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