失禁を隠さぬ父と憐憫を隠す子

2010年05月18日
 父、齢八十にして失禁す。


  失禁に
   気づき驚き
    隠しても
   隠さぬ父への
    哀れみ隠せず


 親の老いは覚悟していたつもりだが…。
 
 前週末、久しぶりに隠居した父を、一泊二日で母と尋ねた。

 十数年前、縁もゆかりも何もない地方に土地を買い家を建て、父は独り、存分に孤独を味わうべく隠居したのだが、よる年波にしっかり勝てているのかと、特に必要なくとも半年に一度ほどは父の生活の様子を覗きに行く。

 親は老い、できることが日々一つ二つと減っていく。とはいえ覚悟していた私に父が語る事々は相変わらず興味深く、偏屈で我もまだまだ強いし、おつむに関してはもうしばらくはボケの心配もないかと安心した。


 だが翌日、一番遅くまで寝ていた父が部屋から現れると、私はその異変にすぐに気がついた。父の背中から腰、太腿にかけて、何か液体の滲みが縦長に拡がっていたのだ。一瞬悩んだのち、私はその滲みが、父が夢の中床の中で描いた世界地図だとわかった。

 背中に広がる滲みに、子は気づかぬふりをして必死に驚きを隠す。見て見ぬふりをし、本人が気づいてさっさと自室に戻ってくれればと、空ろに目を逸らす。だが、父は平然と台所に立っている。

 ふと、親の失禁を目にしてしまった驚きとバツの悪さをあっさりと葬り去る新たな驚きに愕然とした。父は己の失禁さえ気づいていなかったのだ。自らの匂いさえ頓着せずに部屋を行き来する父。

 老いての失禁さえよる年波に勝てなければ仕方ないものだと、たぶん自分は今まで思っていた。老いとはそういうものだと、偉そうに語っていた。だが、己の失禁を気づかぬほどに親が老いていたとは思わなかった。

 前の晩、というか明け方まで様々な事柄を語っていた父は、父を否定しつづけ死ぬまで顔をあわせないつもりの兄を陰ながらに褒め称え、親への反発にも飽き度々父を訪れる弟もまた別の意味で褒めた。

 そんな父に、子を褒めるようになったら親もおしまいだし、褒められた子もそれはそれで悲惨だな…と、父譲りなフランクな辛らつさで嫌味を云う。だがそんな語りの翌朝、父は例の光景を子に見せつけたのだ。

 失禁にも気づかぬ父からふと目を逸らし、私は心の中で呟いた。「子に憐憫の情を抱かせるようじゃ親もおしまいだな…」。父から受け継いだあまりにも辛らつなフランクさで。





 父、齢八十にして失禁す。


  失禁に
   気づき驚き
    隠しても
   隠さぬ父への
    哀れみ隠せず


 親の老いは覚悟していたつもりだが…。火葬炉の扉を閉じるその瞬間まで、親はやはり親であり、子はあくまで子である。
posted at 2010/05/18 03:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑題雑想
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