警戒心の塊は夜な夜な甘える

2006年03月11日
 彼の名はサスケ。

「ヒャッ、ヒャ〜」 本人が認めるかは別として、私は長年彼をそう呼んでいる。

 そのサスケの目の前で、わざと少し離れた辺りに私は人差し指を差し出す。自分に向けられた私の指をじーっと眺め、鼻をちょっとだけぴくぴくさせ様子を伺う。

 そしておもむろに身を寄せて指先に鼻をくっつける。近眼なのか、毎回必ずといってよいほど指先に鼻をぶつけ、一旦顔を引き、あらためてゆっくりと鼻を近づけては匂いを丹念に嗅ぎ始める。

「なぁサスケ。お前も好きだよなぁ。一体何度私の指の匂いを嗅ぎゃ気が済むんだい?」
 
 彼是十何年、サスケは数え切れないほど私の指先の匂いを嗅いでいる。それでも、彼は私の指先に飽くなき好奇心を抱いているらしい。私の言葉も意に介さず、やがて彼は指先を舐め始める。

「そうかぁ、美味しいのかぁ。ほれ、いくらでも舐めてなさい」

 放って置くと、延々と舐め続けている。



 それにしても、猫の警戒心というものにはまったく恐れ入る。

 部屋にある物の何か一つでも場所が変われば、自身の鼻で隅々までチェックしなければ気が済まないらしい。

 宅配便で何かの品が届けば、開ける前からしきりに観察し、空箱になると同時に中へ飛び込み箱の隅々まで嗅ぎまわる。

 ふむ、彼にとっては我が家はまさしく彼の我が家であり、余計な物を持ち込みやがってってなとこなのだろう。

 そう言えばその昔、私がまだ閑静な住宅街のアパートに暮らしていた頃のこと。サスケとはそのアパートで出会ったのだけれど、そこでの彼の天敵は街のカラスだった。

 アパート裏手の駐車場では、車の下に逃げ込みカラスが立ち去るのをじっと待つサスケの姿をよく目にしたものだった。

 だが今暮らしているマンションでは、国道沿いということもありもう外には出していない。よってカラスにはもう出会うこともなくなったのだが、天敵は意外と身近なところに存在した。洗濯機である。

 なぜだか、洗濯機の前を通る時だけは毎回忍び足になるから面白い。想像するに、どうやら全自動の洗濯機が、まるで彼を驚かすかのように、彼が近づいた時に突然ガタンと動き出したことがあったらしい。

 いつのころからか、彼は洗濯機の周囲だけは念入りにチェックするようになった。まぁ人間だって、静かに息を潜めていた全自動洗濯機が突然ガタンと動き出せば驚くものだろう。無理もないか。

 時々ちょっとだけ意地悪をしてみたくなる。洗濯機の脇を恐る恐る忍び足で通り抜けようとしているサスケを見かけると、ついよからぬ事を…。

 パンと手を叩くと、彼は約15センチほど真上に飛び上がる。「俺って意地悪だよな」そうは想っても、ついやってしまうのだ。

「ごめんよ、サスケ。でもお前の飛び上がる姿がおかしくてさ。そして何より可愛いくてさ」



 夜も更け、PC作業も終えて布団に潜り込む。すると、さっきまでテレビの上ですやすや寝ていたはずのサスケがゴトンと降りる音がする。ちょっと間を置いて、寝室の入り口で甘えた声を出すサスケ。

「ヒャーヒャー、ヒャッヒャ〜」
「サスケっ! ほら、こっちおいで」 
「ヒャッヒャッ!」

 なぜか礼儀正しく布団の上は歩かずに、脇をぐるっと回り枕元へ。そしてまた一声。

「ヒャ〜ッ」
「ほら、おいでよ」

 すでに寝床で本を開いている私は片手で布団を上げ、胸元に隙間を作る。その“入り口”で立ち止まるサスケ。

「おいおい、何を今さら警戒してるんだよ」

 じっと待っていると、入り口で数十秒でも中を覗き込んでいる。何かをしきりにチェックしているのか、布団の中の闇をじっと見詰める姿はピクりとも動かない。待っていればやがては片手がしびれてくるほどの間である。

 待ちきれず、本を置き片手でお尻を押し込むと、サスケはゆっくりと布団に入った。布団の奥でごそごそとUターンし、胸元から私の顔を見上げてはまた一言。

「ミャッミャ〜ッ!」
「はいはい」

 なぜかその時だけは子猫の、それも生まれたばかりの子猫のような声に変わっている。

 鼻をフガフガ鳴らし、しきりに胸元を両手で揉み始める。爪が伸びていると飛び上がらんばかりの痛さではあるが、身体を動かせば動かしたでまた文句を言う。

「ミャッミャーッ!」

 警戒心の塊のように布団に入ってきておいて、布団の中に入った途端、彼は母猫の乳を揉む子猫に変貌するのだ。この不思議なパートナー、一体私を何だと想ってるのだろうか。

「私ゃお前のお母さんかい?」
「ミャーッ!」
「そうかそうか。まぁそれでもいいさ」
「ミャミャーッ!」

 何でもいいさ。それでお前が満足してくれるなら。



 この記事を書き終えて投稿画面で確認をしていると、彼は突然机に飛び乗り、PC画面の前に座り込んだ。

「そうさ、これはお前の記事だぞ」

 自分のことが書かれているPC画面を、彼は一体どこまで理解しているのか、じっと眺めている。

「たまには投稿ボタン押してみるか? いつもやってるではないか。マウスの上に座り込み、腹の肉でいつのまにかクリックするように。ほらっ、やってごらん、サスケ」

 かくしてこのサスケに関する記事は、サスケ自身に投稿ボタンをクリックさせてみる。そこには何の違いもない。だが、或る意味それもまた飼い主の習性である。そんな習性、理解できぬ人には一生理解できないかも知れない。
posted at 2006/03/11 20:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 吾輩非猫
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