誰から聞いたのか、何を読んだのか、それともテレビででも耳にしたのか。なにやら作家森村誠一がホテルに勤めていた頃、客であったと或る作家の原稿を盗み読みしたという話があった。
不意に思い出した謎。
はて、あれは一体誰の原稿だったのだろう。
森村誠一はかつてホテルマンだったというのは有名な話。彼の作品にはホテルの光景がよく登場するとか。映画で観た「人間の証明」も、たしかホテルが重要な設定になっていた。
大して読んだこともない私にはそれ以上具体例は浮かばぬが、興味深かったのはまさしくそのホテルで、それもあろうことか勤務中に、ホテルマンが客の生原稿を盗み読みしたというエピソードである。
何でも、編集者が原稿を受け取りに来るまでの間に、クロークに預けられた直筆の原稿を読んでしまい、自分でも小説を書いてみようと想ったとか。
考えてみればそんなきっかけ、いくらでも聞く話である。
映画を観て映画監督を志す青年。音楽を聴いてミュージシャンを志す青年。絵画を見て画家を志す青年。そして、小説を読んで小説家を志す青年。
とはいえ当時の彼はすでに一つの職に就き、ホテルマンという肩書きを持っていた。にも関わらず、その肩書きを捨て作家を志し、或る意味小説家に転職を果たしたことになる。
では、ホテル在職中の彼を作家に転向させてしまうほどの作品とは一体何であったのか。
インターネットで検索してみると、そのキッカケであるエピソードの触りを見つけることができた。ヒントは、梶山季之という作家のまとめサイトにあった。
ふむ、梶山季之? 私は知らない。まぁ本に縁の無い私には無理もないのだが、で、当時在職していたホテルは「都市センターホテル」だったという。ずっとホテルニューオータニと勘違いしていた。映画「人間の…」の影響か。
まぁそれでも、それがドコのホテルであったか、そしてダレの原稿であったかはこれで判明。では、それが一体梶山季之氏のナニであったのか。まとめサイトもそこまでは教えてくれなかった。
しかし、ふと、森村氏がどんな作品を読んだのかが問題ではないように思えてきた。
一人の作家の作品を読んで作家を志すなら、書店に並ぶ作品でも同じはずである。だが、森村氏は生原稿を読んで作家を志したという。
ふむ、志を変えたのはどうやら梶山季之氏の作品ではなく、梶山季之氏の作品の生原稿だったらしい。
完成した作品としての小説には存在せず、作家が編集者に手渡す直前の原稿にだけ存在するモノとは。
ホテルマン森村誠一は一体ナニを目にしたのか。この謎、事が事だけに彼本人しか知り得ない事なのかも知れない。
インターネットとは誠に便利なツールである。
何か一つでもキーワードがありさえすれば、検索リストに居並ぶ新たな情報はさらに新たなキーワードを生み、自分の知りたい情報へ向け徐々にではあるが、広大な海原での心強き風となる。自宅に居ながらにしてたった一言の言葉が、長年の謎解きをしてくれることもあることだし。
だが、最後の最後にはやはり自分で調べなくては謎は解けそうもなかった。とりあえずは図書館にでも出掛け、昭和52年発売の「週刊サンケイ」を探してみることにする。
もしかすると、その古き雑誌に、彼が一体ナニを盗み読みしたかが、記事として残っているかも知れないし。
例えその謎が解けたとしても、それを知ったから小説が書けるとは限らないことは十分承知の上である。だが、気になる事は気になる。謎解きはしてみたいものであるし。