クローン猫と天国の猫の気持ち

2004年12月25日
そりゃ誰だって悲しい。ペットなんて名ばかりで、家族同然どころか家族そのものなんだから。

とはいえ…
抵抗はないのだろうか…?

科学トピックスでしか見なかった最新技術が、こんなに身近な話題として報道されるようになったのも驚きだが、その技術に対する抵抗感も身近なものになってきた。

癖も同じ?クローン猫 米社、5万ドルで販売

…米サンフランシスコのベンチャー企業が23日までに、同社がつくったクローン猫1匹を初めて販売した。価格は5万ドル(約520万円)。ペット用クローン猫の販売は世界で初めてとみられる。…。(共同通信)

クローンとして再生し今そこにいる猫と、死んで天国に行ってしまいそこに“今は”いない猫と、どこが同じでどこが違うのか。二匹が同じと言ってのけるところに私は抵抗を感じる。
 
天国を信じない人にとっては死んだ猫はもうどこにも存在しないのだから、私のような抵抗を感じることはないかも知れない。でも“今”そこにいないからと言って、その存在すべてを否定することはできないはずなのに…。

 −・−・−・−・−・−

かつて実家で飼っていた愛犬を思い出す。
その混ざりきらないミルクティのような毛色のアメリカン・コッカー・スパニエルはもういない。半日仕事を休み、その亡き骸を調布深大寺のペット霊園に送り届けた帰り道、ふとラジオから流れ出した曲が忘れられない。

So kiss me and smile for me ♪
Tell me that you'll wait for me ♪
Hold me like you'll never let me go. ♪
I'm leavin' on a jet plane ♪
I don't know when I'll be back again ♪
Oh, babe, I hate to go. ♪

「♪Leaving on A Jet Plane 」
 by PPM :Peter Paul & Mary
 amazon試聴⇒リンク(non-afiliate)

戦場へ向かう若い兵士の旅立ちの歌らしい。

霊園から職場へ急ぐ車の中で、いつものようにFEN(Far East Network:極東米軍放送)を聴いていると、普段はそれほど理解できないはずの英語の歌詞が、なぜだかスラスラと頭に入ってきた。

亡き骸を火葬し、火葬場の煙突から天に昇る煙をついさっき見届けた私の涙腺はゴーゴーと鳴りはじめ、やっと乾いた涙がまた溢れ出し止まらなくなった。あまりに急な涙に車をしばらく路肩に止めた記憶がある。

長年連れ添ったペットはすでに単なるペットではなく、“かけがえのない”家族の一員となっていた。

 −・−・−・−・−・−

そんな家族のような存在のはずのペットも、人によっては色々と飼い方が異なる。実家近くにあった美容院の女主人の話を母から聞いてその感覚の違いに驚いたことがある。

その女性は小さな室内犬を飼っていた。その犬もかなりの年齢になり、寿命としてはもういつ死んでも納得せざるを得ない年だったらしい。

犬の寿命の話になると、その女性は笑いながら言ったという。

「この子が死んでしまったら、
 悲しくて悲しくてつらいだろうから、
 もう一匹新しいのを買ったのよ!」

美容院には同じ種類のもう一頭の室内犬がすでに飼われていたという。

私にはその感覚が理解できなかった。
その老犬は一体どんな気持ちなのだろう。

実際飼い主がその愛するペットを亡くしたときの喪失感はペットロスと呼ばれ、専門のセラピーまで存在するほどである。美容院の女主人が取った行動もペットロスを防ぐにはある意味いい予防薬かも知れない。

とはいえ、
抵抗はないのだろうか…?

 −・−・−・−・−・−

さて、報道されたクローン子猫の新たな名前が気になっている。違う名前を付けられたとしたならばまだ理解できるのだが、その飼い主の感覚はわからない。

生前の猫に子供を作る機会を与えられなかったといった理由でクローンに頼ったとすれば、そのクローン子猫もかつての猫の子供のように受け入れられよう。

でも全く同じ名前を付けられたとしたら、今天国にいる生前の猫はどんな気持ちなのだろうか。

このクローン技術がもう少し進んだとしたら、ペットショップの販売スタイルにも新種のオプションやサービスが登場するかも知れない。

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…なんて風に。

 −・−オ−マ−ケ−・−

ところで、「クローン猫」報道記事ページの下に並ぶ他の報道トピックスのタイトルが目に入った。
前後の記事 - [社会]
「HONGDA」は商標権違反=ホンダが勝訴

ふむ、
コチラのクローン再生動物は、元のDNA情報所有者に文句をつけられたってことか。そう言えば、かつてホンダもCMで強調していた気がする。

HONDA DNA!…と。
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posted at 2004/12/25 08:25 | Comment(8) | TrackBack(1) | 報道批評
この記事へのコメント
サスケちゃんよりも年上の『けいぞう12歳』が我が家にいるのは、映太郎さんもご存知ですね。子供のいない我が家にとってけいぞうは家族であり、子供のような存在です。今、もし居なくなったとしたらほぼ間違いなくペットロスになりそうですが、クローンは絶対にいりません。けいぞうは1人ですから。ね♪
Posted by つなみ at 2004年12月25日 11:23
>つなみさん、オッハー♪です
そうですねぇ、想像するのは怖いんですが、いつかはその時が来るんですよね。

実家の母はかなり引きずりました。
カレーを食べる時、さんざんしゃぶって皿の端に残し、少しずつ与える癖が何年も抜けず、カレーを食べるたび無意識に皿の端に置いた肉の欠片を見ては泣いてました。

ちなみに、
サスケも実はかなりの年なんです。
90年代初めに私の元に迷い込んで来たのですが、その時にかかったお医者さんは3〜5歳と言ってました。それで計算すると大変なことになっちゃうんです。一体いくつなんだかわかりません。まぁ一応元気伯爵です。
Posted by 映太郎 at 2004年12月25日 11:45
ども、色々ありがとうです。そして悩ませたことお詫びします。いつも使う方で送ってしまいました。すみません。

クローン。これ難しいですね〜。私は今、生まれて初めて犬を飼っているので、それが死んだ時はおそらく、かなり落ち込むこと間違いないと思っています。

ただ、美容院の女主人さんの気持ちもわかるんですよ。インコは何年も飼ってますけど、死んでしまうと寂しくてさえずりがないと物足りなくて、すぐ次を飼ってしまうのです。

インコ本体より、さえずりが大事?(苦笑)大きさにもよる?犬と鳥だと愛情の比重が違うのは事実ですね…。なんか可哀想なんですけど…。

今飼っているインコは10年以上生きてますから、やっぱり死んでしまったら、悲しいのかなー。次なんて生きてるうちは考えたことないですけど。でも、同じよりは違った犬や鳥に逢いたいです。自分に置き換えたら…気味が悪いことこの上ない。
Posted by KAN at 2004年12月25日 15:00
>KANさん、色々どうもです!
ペットロスの一番の特効薬は再び新たなペットを見つけることです。それはよくわかりますし、私も賛成です。ただ、彼女の場合まだペットが生きてるうちに次のペットを買ったんですよ。それにはちょっと納得できませんでした。

インコは一度だけ飼ったことがあります。
セキセイインコだったかな?その前後⇒桜文鳥⇒スズメ⇒スズメ⇒ヤモリ⇒スズメ⇒スズメ⇒スズメ数え切れず⇒アメリカンコッカー⇒現在サスケ(猫)居候中ってな具合です。

実家の庭には彼らが眠っているはずです。スズメの一部は親に返しましたが。
Posted by 映太郎 at 2004年12月25日 15:27
こんにちわ。
トラックバックさせていただきました。

確かに死んだペットの"代わり"として、現時点でのクローンを発注する気持ちはよくわかりませんね。
また、もしそうゆう気持ちで発注していた場合、飼い主は元のペットとクローンとの違いに落胆し、余計に悲しみを大きくする可能性があるように感じます。

しかしだからといって、クローン技術そのものや、クローン技術の商用化を一概に否とはできないところがこの問題が難しい理由なのですが。。
Posted by BE ADULTY !! at 2005年01月03日 12:49
>BE ADULTY !!さん、こんにちわ!
人間って、
一度手に入れた技術や知識を、自ら葬り忘れることできませんからね。

クローンとは関係ないですが、ふと感じます。
人間一人一人のモラル感と、集団としての人類のモラル感って、かなりズレが生じるモノですよね。

人の性善説は信じられても、
人類には性悪説の方が、当てはまってしまう気がしてなりません。
Posted by 映太郎 at 2005年01月03日 15:35
はじめまして。最近ミッキーさんとこで
アホばっかやってるAgehaです。
ppm(小文字で書いたら水銀みたいだ)ですか。
この歌ジョンデンバーのバージョンならもってます。いい歌ですね。

病気の人を救うため、長生きのためクローン技術は
進化してる。でもまったく同じ人間が再生されたとしてそれってどうよと言う話で。
確かシュワちゃんの映画にもありましたよね。
自分が二人いると言う話。後から作られた方には
何の権利もないのかって事。あの映画はハッピーエンドだったかもしれませんが普通はもめますよね。

動物を飼ったことはないのでその喪失感は私には
多分わかりきれないでしょう。でももう一度まったく同じクローン動物というのはやっぱりパスですね。
なくなった方がうかばれない気がします。
どんなにそっくりでも別物ですし。少なくとも
作ってく思い出は別なのだから。

前にジブリのエントリを大変おもしろく読ませて
いただきました。また楽しみにしています。
以上長くなってどうもです。
Posted by Ageha at 2005年01月05日 17:22
>Agehaさん、こんばんわ!
ミッキーさんのところはこのところ物凄いコメント数になっているようなので、落ち着いたら伺うつもりです。列に並ぶのはあまり好みではないので。

>…がうかばれない気が…
…ふむ、まさしくそんな感覚です。その言葉が一番言いえていると思います。

ジブリのエントリーは勝手な想像ですから、詳しい方には相手にもされないかも知れません。

どうぞ今後ともよろしくお願いします。
Posted by 映太郎 at 2005年01月05日 21:39
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