ノッティングヒルの休日

2004年12月23日
ジュリア・ロバーツとヒュー・グラントの映画「ノッティングヒルの恋人」を見ると、やはりあの名画を思い起こさずにはいられない。そして必ず目に浮かぶのはあのエンディングである。

会見場の記者たちに囲まれた二人は、
 誰にも悟られず永遠の別れの視線を交わす。
想いの欠片も言葉に出来ず見送る寂しさと、
 視線を知りつつ振り返ることもできない悲しさ。
その運命に逆らってみたところで、
 ただ立ち上がり歩み寄るだけしかできないつらさ。
たったそれだけの勇気を受け止めた彼は、
 その延々と続く廊下を歩きはじめる。
ゆっくりとしたリズムの靴音とともに、
 遠ざかる彼の表情は、かすかに微笑んでいた。

1953年ローマ、
その二人は結ばれずエンディングに消える。
 
ローマの休日ローマの休日
(1953アメリカ)

監督ウィリアム・ワイラー
出演グレゴリー・ペック
   (記者…ジョー・ブラッドレー)
  オードリー・ヘップバーン
   (王女…アン)

そして46年後、映画「ノッティングヒルの恋人」は作られた。

ノッティングヒルの恋人ノッティングヒルの恋人
(1999アメリカ)

監督ロジャー・ミッチェル
出演ジュリア・ロバーツ
   (女優…アナ・スコット)
  ヒュー・グラント
   (本屋…ウィリアム・タッカー)


この映画「ノッティングヒルの恋人」は、かの映画「ローマの休日」のリメークではない。ではパロディなのだろうか。そうとも思えない。かなりコミカルな要素が織り込まれているものの、ふざけているようには見えない。ではオマージュ的な作品なのだろうか。こればかりは他人が決めることでもないので、製作者に聞いてみなければわからない。

ただ私にはこの映画、かの二人への思いやりを感じずにはいられないのだ。主役を演じた二人ではなく、まさしくそのスクリーンの中にいた登場人物の二人に対する思いやりを。

いつしか、あれから46年がたち、その二人はいつ生まれ変わったのか、1999年のロンドンで出逢う。

王女アンは女優アナ・スコットに、そして記者ジョー・ブラッドレーは本屋ウィリアム・タッカーへと生まれ変わっていた。

その国籍は入れ替わり、立場はなんとなくそのままだった。

46年後の映画の製作者たちは、彼らがスクリーンの中に思い残した何かを、あのシーンで伝え損なった何かを伝える機会を設けるべく、もう一度生まれ変われるようにと、その背景をスクリーンの上に描いてくれたように思えてくる。

記者会見が終了する直前、46年前に伝え損なった言葉を、その「記者」は語り始める。

周囲の記者の声を気にもせず、彼女の取り巻きの存在も忘れ、その想いをせつせつと伝える。

せっかく用意された46年ぶりのスクリーンと映写機の光が、劇場の暗闇に消えてしまう前に、今度こそは何も思い残さぬようにと、必死に伝えている一人の「記者」。

…そんな風に思えてくる。


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posted at 2004/12/23 17:54 | Comment(2) | TrackBack(0) | 映像批評
この記事へのコメント
昨日の夜、放送してましたね。
私も両方観ていますが、同じく共通点を感じます。
ローマの休日の"オードリー・ヘップバーン"10年程前に観たのが最後ですが印象深いシーンばかりです。髪をカットして前髪を気にするシーン。キュートでしたよね♪
Posted by つなみ at 2004年12月24日 02:39
>つなみさん、こんばんわ!
髪をカットした後に鏡を見ながらのあの笑顔は焼きついてますねぇ、脳裏に。

ちなみに「ノッティン…」の主人公の名前“アナ”という名も、“アン”王女とニックネーム“アーニャ”をもじったんでしょう。

もしかしたらもっとアチコチに隠されたシーンや小物が登場しているかも知れませんが、今の所私にはわかりません。

ジャーナリストになりすますシチュエーションもそうかも知れません。…ん?
…シュチエーション?シチュエーション?
Posted by 映2つなみ3 at 2004年12月24日 03:22
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