人間の夢と可能性

2004年07月28日
人間が夢見るモノは、
 全て実現可能である。

その昔人間は、空を飛ぶ夢を見た。
 時が経ち、夢は現実となった。

その昔人間は、月に立つ夢を見た。
 時が経ち、夢は現実となった。

年月はかかっても、
 それぞれが現実となっている。

夢見たモノは、
 全て実現可能である。

なぜって…、
人間が想像できた時点で、
その発想がいくら非現実的だとしても、
確実に一歩は、現実に近づいたことになるから。
 
 −・−・−・−・−・−

何かで聞いたこの発想は、非常に興味深い。

夢に描くことができるのは、人間がその前段階まではすでに到達しているということの裏返しとも理解できる。想像すらできない光景を、どんな画家だろうと描くことはできないし、また聞いたこともない音や言葉を、人間は発声することができないという。

 −・−・−・−・−・−

最近宇宙エレベーターという発想が、実現化に向け本格的に始動されたそうだ。でもその一方で、ワープ:次元間移動という発想は、未来永劫実現不可能と判断されたという。人が想像できる発想は実現可能という考え方の、賛否両面の記事に思えてくる。

タイムマシーンも含まれるのだろうか。

その発想がSF小説の世界であろうと、“まだ見ぬ未来世界の風景”から“夢のまた夢のお話し”というランクに格下げになったと思うと、誠に残念である。実際未来から誰も現れないことこそが、その証拠と言ってしまえばそれまでだが。

 −・−・−・−・−・−

パラドックスに満ちた言葉でもあるので、否定的に受けとめればトリッキーだが、楽観的に受けとめようと思えば、単なる夢にも大きな価値を見い出せる。

その“突飛な発想”という概念に、この言葉自体を強引に含めてしまえば、あながち突飛な発想とも言えないが、それ自体もパラドックスなのだろうか。混乱してくる。

 −・−・−・−・−・−

ところで、実現化という言葉の意味が若干異なるが、“宇宙戦艦ヤマトの復活”は実現化するのだろうか。裁判沙汰がどうのこうのと、こちらも色々と論争は絶えそうにない。
ブログランキング ポチっとな!
posted at 2004/07/28 00:00 | Comment(6) | TrackBack(0) | 雑題雑想
この記事へのコメント
う〜ん。夢が実現するか…?微妙なところですね〜。

単純な自分の生活に置き換えても、そうそう簡単に実現できることと、そうでないことがハッキリしてますね〜。

でも、夢は見ていたいような…(今、変換したら夢は見て痛いって誤変換!痛すぎですー!)

そうか、夢は見てもいいけど、痛いものなのかもしれません。誤変換で、語ろうとしたことが飛びました。(笑)
Posted by KAN at 2004年12月23日 13:49
>KANさん、こんにちわ!
夢は見ていたい
…よかった一発で変換できました。

でも夢を見るのは遺体って…えええぇぇぇ(@o@)
当方のPCはそう言っております。

何売ってたのか忘れてしまいました。
痛いが夢見るって…えええぇぇぇ

なんだか、
何の話だったかわからなくなってきたので失礼します。

夢診る痛いが遺体そうです。コ輪っ。
Posted by 映toKANsan at 2004年12月23日 15:13
「夢に見れば実現可能」なのかどうかはともかく、「夢に見なければ、実現不可」なのは確かですよね。ちなみに私は今年も年末ジャンボ宝くじに夢を見ています。(夢の意味が違う??)

ところで、眠ってるときに見る方の「夢」と、かなえる方の「夢」とは何で同じ漢字&呼び名なんですかね?? 日本語以外では違う呼び方をしているのでしょうか?

科学者は、眠っている最中に見る夢で、画期的な発見やアイデアのヒントを得ることが多いというのを何かで読んだ覚えがありますが、、
「夢をかなえるためのヒントを夢で見る」ってなんだか混乱してきそうです。
Posted by BE ADULTY !! at 2004年12月23日 23:46
>BE ADULTY!!さん、こんばんわ!
どこかの化学者が分子構造だかを研究中に蛇の夢を見て、その形に組み合わせてみたら問題が解決したなんてことがありました。

かつてヒットした寺尾聡のあのアルバムをアレンジした井上鑑のアルバムで、「預言者の夢」という作品がありました。さきの科学者の夢のもう一歩先の世界を想起させるこのタイトルが好きでした。
Posted by 映toBEADULTY!!san at 2004年12月24日 00:38
夢追い人だらけの中で生活してます(爆)
そういう私も来年こそは夢(というか目標)を
実現させたいぞ!と。v(^-^)v


Posted by つなみ at 2004年12月24日 02:33
>つなみさん、こんばんわ!
夢が一歩一歩現実になっていく瞬間、
その瞬間瞬間がパラパラとめくられ続け、そこに現れる映像の最中にお二人がいるようですね。

めくる手を自らで止めた瞬間、その映像は消えてしまい、ただの紙に描かれた絵になってしまう。

一度めくり出したのだから、
その手は決して止めないことです。

maro様のご活躍をお祈りしております。
Posted by 映2つなみ3 at 2004年12月24日 03:13
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。