この土の器をも―三浦綾子著

2009年12月04日
 12月4日、こんな本を読んだ。

この土の器をも―三浦綾子著/新潮社―新潮文庫 
 
 
 
 
 
  この土の器をも

 三浦綾子著
 新潮社/新潮文庫
 
 長い闘病生活に耐えた著者が、37歳で結婚し夫とふたり、一間だけの小さな家で生活をはじめてから、新聞社の一千万円懸賞小説に『氷点』で入選するまでの愛と信仰の日々を綴る自伝――結婚生活とは何か、家庭を築くとはどういうことか、夫婦はどうあるべきかを語りかけ、日常生活の中で、愛し信じることが、いかに大切なことかを痛感させる。『道ありき・青春編』の続編。(裏表紙紹介)


 三部作の二冊目、けれど私には最後の一冊。
 
 続きはどんなかなと思うとそういう時に限って本屋になく、探して見つからないとどうしても欲しくなり、結局かなり探した挙句にやっとこさ手に入れた。
 語りかけるような文体が読みやすいせいか、著者の心優しさが滲むような優しい語り口にすらすらと頁が進み、あっと云う間の読了。

 それにしても、第一作『道ありき』に登場する彼女のかつての恋人の前川正氏といい、この第二作『この土の器をも』に登場する夫三浦光世氏といい、その穏やかな性格に憧れる。



 ある日、夫光世氏の背広が盗まれる。大事にしていた背広をクリーニング店の店員が持ち逃げしたという。

 悔しさゆえにクリーニング店に絶対弁償させると云い張る綾子氏を、そんなことしなくてよいと彼は優しく諭す。だが彼女はあまりの悔しさで彼の言葉も耳に入らない。それでも彼は許しなさいと繰り返す。

「聖書には何と書いてある。許してやれと書いてあるだろう。いいかい綾子、許すということは、相手が過失を犯した時でなければ、できないことなんだよ。何のあやまちも犯さないのに、許してやることはできないだろう。だから許してあげなさい。弁償せよなどと、決して言ってはいけないよ」

 彼女はなるほどと納得する。



 こんな話を読み、読んだ私もなるほどと納得したなどと書くつもりはない。しかし、今まで耳にしてきた「隣人を愛せよ」とか、「人を許せよ」とか、そういった言葉を、実際そのままに生活に実践している人、実践できる人もやはりいるんだなぁとは思ってしまった。人はそれほどまでに寛容になれるものなのかと。

 せっかちで短気で気が短くて狭量で他人に厳しく自分に甘く…と、私は彼と対極のような性格である。だから彼のような人間に憧れる。まさか信仰によってそんな性格に変わるとも思えないが、何か一つでも考え方を変えれば、いつかはそんな性格に少しくらいは近づけることもできるのかなぁとふと思う。

 本の中の綾子氏はまさにそういった対極のこちら側に近い性格だった。その性格ゆえの行動をしきりに正す夫光世氏。その対極同士の二人が歩み寄って夫婦というのもわかる気がする。信仰がメインテーマである三部作の第二部であるこの本の題材は夫婦。二人が夫婦となったのもまた導かれてということであろうか。


 綾子様、これで三部作をすべて読み終えましたが、私ゃ何か変わるのでしょうか。

200912040312
posted at 2009/12/04 03:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍批評
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