“渇しても盗泉の水…”と云わず

2009年11月09日
 この言葉って、孔子だったかぁ…。


  渇しても盗泉の水は飲まず


 しかしなぁ…。盗泉って、泉の名前だったとは、ちぃとも知らなんだよ。てか、その名前を毛嫌いして飲まなかったのが由来だなんて、ちぃとも思いもよらなんだよ。

 でもなぁ…、孔子の話じゃなくてさ、問題は昨日もまた騒がれていた彼女の話なんだけどね。
 
 そりゃ、窮したら水を盗んでも構わないとか云うつもりはまったくないけれど、だが盗んだ者が窮した果てにやむなくと知ってしまうと、また印象はかなり異なってくるから、ややこしい。

 何の話かと云えば、のりP氏の事。ワタクシ、のりP氏のファンでも何でもありません。ですが、実はあの前回の大騒動の日、記者会見の彼女を見ていて涙が止まらなくなってしもた。ファンでも何でもないのに、私ゃ何でまたこんなに泣いているんだろうかと想いながら泣いておりました。

 あの手のモノが悪いというのは当たり前の話。今どき小学生だって逮捕されちまうと知ってるはず。だが一方で、それが悪いと判っていながらも、ずるずるとのめり込んでしまう状況というものを想像すると、それはまたよほど何かに追い詰められてたのかなぁとか、誰かからあまりに疎外されてたのかなぁとか、やはり何がしかのきっかけや遠因がたぶんにあったんだろうなぁと思えてしまったのだ。



 あの日、インタビュー見ながら、ファンでもないのにおぃおぃともらい泣きしながら、ふと頭に浮かんだのが冒頭の孔子の言葉だった。“渇しても盗泉の水は飲まず”。そりゃそうだけどね。


“渇しても盗泉の水は飲まず”…と、
  渇した事もなければ窮した事もない者が偉そうに云う。


 だから許すって話ではないよ。
 でも、でもねぇ…、そうだけどねぇ……って話である。
posted at 2009/11/09 22:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 報道批評
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