親の欠点を理解できない子は幸いであろう。
同じ欠点を授からずに済んだお陰で理解できずにいられるのだから。
親の欠点を理解できた子は幸いであろう。
同じ欠点を授かっちまったお陰で理解できることになったのだから。
親である自分の欠点をいつか子が理解できたなら、それは不幸にも同じ欠点を授かり同じ欠点に悩み同じ欠点を見つめた故に理解できたことになるのだ。
親である自分の欠点をまったく子が理解できなかったなら、それは幸運にも同じ欠点を授からず同じ悩みをも得ず同じ視点に立てずに理解できなかったことになるのだ。
同病相哀れむとは云うけれど、同業相憐れむとはしたくない。ならば、理解されない親が幸せというもの。同じ業に親子相憐れむとはしたくないのだし…。
同業相憐れむとはしたくない |
| 2009年08月20日 |
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