年も松も疾う昔に明けていた

2006年01月18日
 ふむ、またかなり日をあけてしまった。記事のブランクはなんと年をまたいでしまっているではないか。気がつけば年も松もとっくに明け、成人式もボロ市も終わっているし……。

 物臭な人間というもの、一旦きっかけを失うと何事もすぐ滞るのが常である。大して意味もないことをつらつらと書くだけでも、きっかけを失うとどうもペンが重くて仕方がない。

 まぁ今回のきっかけは、どうやらどこぞのサイトでの“アルファベット十六文字目”氏の辛口乾想を読んでしまい、少々諸苦笑気味になってしまったのが原因なのは明らかであるが。

 まったく…、作品ならともかく乾想でさえそこまで他人を動揺させるというのも、或る意味大変な才能の持ち主らしい。
 
 まぁお返しに皮肉をたっぷり込めてみたものの、すべての作品を読みそのすべてに対し乾想を書き記すというのは、大した労苦であろう。その部分には敬意を評したいものである。

 私なんて、他の投稿者の作品を一つ読むだけでもへとへとになる。やはり本など読まぬ者には、たった千文字でさえ頭が痛くなるほどの苦痛でしかない。



 まさしくOCD症候群故なのか、何気なく本を読める人が羨ましい限りである。薬を処方して貰った途端、本がすらすらと読めるようになるのだろうか。それもまたOCD故の不安が消えず、試す気にどうもならない。

 あぁどこぞに、そんな“石橋を壊れるまで叩いちゃう”症候群を治す薬はないのだろうか。物臭故か、そんな薬を探す気にもならん。

 まったく…、どの薬から探すべきかも迷い続けるっていう状況さえも、どうやら明らかに症状の一つと言えそうである。迷う時間考える時間が、できることならもう少し欲しい。

 「へー、IT企業の人たちって、何でも30秒で決めるのか。そりゃ凄いな。かつてのパニック映画に出てきたチャールトン・ヘストン演ずるヒーローのようだな。羨ましい。」

 そう感心してるだけで、私の30秒はあっけなく過ぎてしまった。こんな考え方だから今のIT時代、どう考えたって生き残れそうには思えない。



 先日何かの番組で、ある本の紹介をしていた。実力主義に異議を唱えるどこかの誰かの言葉が、実力主義に異議も唱えられない者にはとても興味深かいものだった。

 「究極の実力主義とは、獣の社会でしかない。」

 獣の前で逃げる算段や方角を迷っていた生き物は生き残れないわけだ。

 ふむ、そうか。だがテレビではそのケダモノの一人のお陰で、日本の株式取引が停止したことを伝えている。

 何事もほどほどにしないと、実力主義の頂点に立つ獣すらもっと大きな何かに食われてしまうということらしい。ほどほどにしておけばよかったろうに。

 まったく、ほどほどが一番難しいようである。とはいえ、白か黒か、ゼロか百かになりがちなOCDな人間には、そんなほどよい塩梅もまた難しく、やはり無用な悩みは絶えそうにない。
posted at 2006/01/18 16:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑題雑想
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